41人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ
私がここに来てから、ケイが仕事に行くような気配は全く見られず、食料の買い出しに出かけることはあっても、誰かが訪ねてきたことはなかった。
何をしている人なんだろう
兄弟もいなかったら一人ぼっちなのか
朝ごはんのあとにコーヒーを飲んでいると、洗面器にお湯を汲んでケイが戻ってきた。何だかいい香りがしてくる。
「アロマオイルだ。ヒートで消耗してるだろ。足湯を試してみようと思ってさ」
私のために…?
「靴下を脱いで椅子に座って」
言われた通りにすると、足元に置かれた洗面器から、湯気と一緒にアロマの香りが立ち上った。
「ラベンダーとゼラニウムだ。リラックス効果がある」
「詳しいんだね」
「応急処置は一通り学んだし、アロマも意外と即効性があるから重宝してる。あまり病院に行かなくて済むからな」
そうか
混血だといろいろ詮索されるのかな
「ちょっとした傷は舐めれば治るし」
ケイがそこで私の顔を覗き込んでくる。いつものキスを思い出して、またうつ向いた私の髪を、彼の手が優しく撫でた。ケイしか知らない私には、こんな時どうしていいかわからない。
手で湯温を確かめて、私は洗面器にそろそろと足を入れた。初めは熱く感じたが、すぐに慣れてもう片方の足も一緒に浸かった。ケイが手でお湯をすくって足首の上からかけてくれる。
「気持ちいい。それに、とってもいい匂い」
「そうか。よかった。あとでマッサージしたら、血行がよくなるかもな」
楽しげな彼の声に胸がきゅうっとなる。
どうして…
微笑んだ横顔にこらえきれなくなって、ケイの肩に手をかけると私はそっと彼に口づけた。一度唇を離すと、目の前に彼の笑顔があった。
どうして番にはなれないんだろう。
私は彼のそばにいたいと思ってるし、彼だって私を求めてくれてるのに。
私はちゃんと仕事もしたことがないし、メイクの仕方もわからない。彼に大切にしてもらって浮かれていたけど、本来ならもし番になれなかった場合、αはいつでも他の伴侶を選ぶことが出来る。ケイは誰とも番にはなれないと言っていたけど、それは不実な理由からではないと思っていた。だけど、不安定な関係のままだと、私は何度もこんな寂しさを味わうことになるのだろうか。
彼の手が私の頬に触れてきて、物思いから覚めた。
「何だ。その不満そうな顔は。足りないのか」
「ち、が…っ」
私が慌てると、今度はケイが私にキスをした。焦らすような優しく触れるだけだったのが、だんだん深くなり、お互いに求め合う。いつものように、ケイが私を噛んだ。
「ん…」
私はケイのシャツの袖にしがみついた。足元の水面に波が立って、ぱしゃんとぶつかる音がする。アロマの香りも揺らめいている。この優しさにずっと埋もれていたかった。
もし 叶うなら…
ずっと彼のそばに
私は口に出せないその想いを隠して、この幸せが続くようにと願った。
最初のコメントを投稿しよう!