たとえ吸血鬼でも

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私がここに来てから、ケイが仕事に行くような気配は全く見られず、食料の買い出しに出かけることはあっても、誰かが訪ねてきたことはなかった。 何をしている人なんだろう 兄弟もいなかったら一人ぼっちなのか 朝ごはんのあとにコーヒーを飲んでいると、洗面器にお湯を汲んでケイが戻ってきた。何だかいい香りがしてくる。 「アロマオイルだ。ヒートで消耗してるだろ。足湯を試してみようと思ってさ」 私のために…? 「靴下を脱いで椅子に座って」  言われた通りにすると、足元に置かれた洗面器から、湯気と一緒にアロマの香りが立ち上った。 「ラベンダーとゼラニウムだ。リラックス効果がある」 「詳しいんだね」 「応急処置は一通り学んだし、アロマも意外と即効性があるから重宝してる。あまり病院に行かなくて済むからな」 そうか 混血(ミックス)だといろいろ詮索されるのかな 「ちょっとした傷は舐めれば治るし」  ケイがそこで私の顔を覗き込んでくる。いつものキスを思い出して、またうつ向いた私の髪を、彼の手が優しく撫でた。ケイしか知らない私には、こんな時どうしていいかわからない。 手で湯温を確かめて、私は洗面器にそろそろと足を入れた。初めは熱く感じたが、すぐに慣れてもう片方の足も一緒に浸かった。ケイが手でお湯をすくって足首の上からかけてくれる。 「気持ちいい。それに、とってもいい匂い」 「そうか。よかった。あとでマッサージしたら、血行がよくなるかもな」  楽しげな彼の声に胸がきゅうっとなる。 どうして… 微笑んだ横顔にこらえきれなくなって、ケイの肩に手をかけると私はそっと彼に口づけた。一度唇を離すと、目の前に彼の笑顔があった。 どうして(つがい)にはなれないんだろう。 私は彼のそばにいたいと思ってるし、彼だって私を求めてくれてるのに。 私はちゃんと仕事もしたことがないし、メイクの仕方もわからない。彼に大切にしてもらって浮かれていたけど、本来ならもし番になれなかった場合、αはいつでも他の伴侶を選ぶことが出来る。ケイは誰とも番にはなれないと言っていたけど、それは不実な理由からではないと思っていた。だけど、不安定な関係のままだと、私は何度もこんな寂しさを味わうことになるのだろうか。 彼の手が私の頬に触れてきて、物思いから覚めた。 「何だ。その不満そうな顔は。足りないのか」 「ち、が…っ」  私が慌てると、今度はケイが私にキスをした。焦らすような優しく触れるだけだったのが、だんだん深くなり、お互いに求め合う。いつものように、ケイが私を噛んだ。 「ん…」  私はケイのシャツの袖にしがみついた。足元の水面に波が立って、ぱしゃんとぶつかる音がする。アロマの香りも揺らめいている。この優しさにずっと埋もれていたかった。 もし 叶うなら… ずっと彼のそばに 私は口に出せないその想いを隠して、この幸せが続くようにと願った。
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