たとえ吸血鬼でも

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 やがて月が変わり、季節も移ろった。 「気晴らしに外へ出ないか。俺も買い物に行くから」  ケイに誘われて私も出かける支度をした。このところずっと晴天続きで、確かに陽の下を歩きたいとは思っていた。久しぶりの眩しい陽射しと、彼と一緒にいつもと違う時間を過ごせることに、私はとてもわくわくしていた。 「今日は市が立つ日なんだ」 「何を買うの」 「いろいろだ。少し連れ回すぞ」  メインストリートから広場に向けて、色とりどりのテントの屋根がずらっと並んでいる。野菜、果物、肉や魚も新鮮で、他に菓子や雑貨、骨董品や書物まで何でも揃っていた。人々が行き交い、店主たちは声を張り上げてお客を呼び込んでいる。 「花梨、ほら」  支払いを済ませたケイが、私に何か投げてよこした。何とかりんごをキャッチすると、彼はもう自分の分にかじりついていた。私もひとくちかじった。シャキッとした歯ごたえと爽やかな香り、そして果汁の甘味が口いっぱいに広がった。 「甘いね」 「パイには甘すぎるな。ベリーにしようか」 「パイを作るの? ケイが?」 「仕事だからな。もっとも、今は準備期間中だ」  最近まで勤めていたパティスリーを辞めて、自分の店を出すつもりだったとケイは言った。 「パティシエ…!」 「おまえをもう少し太らせないとな」  その日をやっと過ごすような暮らしの私には、菓子は贅沢品だった。果物でさえほとんど口にしたことがない。そんな体もケイの作る食事のおかげで、すっかり健康を取り戻していた。 ケイがベリーを何種類か吟味しながら、こっそり摘んで私の口にも押し込んでくる。赤く染まった唇をお互いに笑い合い、ふと目が合うとケイが不意にキスをしてきた。人前でなんてと思ったが、彼の気持ちはとても嬉しかった。 赤い果実をいくつか買って、小麦粉とバター、砂糖も手に入れた。あとは卵だ。少し先の店に足を伸ばした時だった。 「この、親不孝もの!」  突然の怒号に私は身を縮め、思わずケイの腕にしがみついた。声の主は母だった。薬草を扱う店の軒先で、みすぼらしい服装に裸足の格好で私を見据えていた。右の頬が酷く腫れている。私が逃げたことで男たちと揉めたのかもしれない。 「お前のおかげでとんだ尻拭いだよ! どこをほっつき歩いてるんだい。さっさとあの店に戻りな!」  辺りの空気をびりびりと震わせ、母は私に罵声を浴びせた。 「約束の金も入らなくなったし、こちとら体が商売道具だってのに手加減なしに痛め付けやがって。全部お前のせいなんだよ!」  目をギラつかせ、口角に泡を飛ばして母は捲し立てた。人々は私たちを避けて通りすぎていく。ケイは私を背中に庇うように一歩前に出た。 「お前が花梨の母親ヅラするのもおこがましいのに、よくもそんな文句が言えたもんだな」 「何だい、あんたは。うちの娘を拐ったのはあんたなのかい」 「そうさ。俺は花梨が欲しかった。他の誰にもやるつもりはない。たとえ、親のお前にでも自由にはさせない」 「ふざけんじゃないよ。話がついてたのを横からかっさらうなら、こっちにも金を払っていけ!」
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