たとえ吸血鬼でも

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ケイとの穏やかな日々に慣れていた私は、目の前の光景との落差に打ちのめされた。 だから期待しちゃいけないって、あれほど言い聞かせていたのに。幸せであればあるほど、幸せを求めるほど、こんな現実を目の当たりにしてやりきれなくなる。 『お前には幸せな未来なんかない。誰にも必要とされずに一人で死んでいくんだ』  母に投げつけられた言葉がよみがえる。 ケイのシャツを握りしめながら、私はうつ向いて母の怒声を聞いていた。ケイが小さく笑って財布を取り出した。 「金で済むなら幾らでも払うぞ。そら」  ケイはお札を抜いて母の眼前にばらまいた。母は呆気に取られていたが、はっと我に返ると気が触れたように地面に這いつくばってお札を拾い出した。 「こいつはいい。あっはははは。これだけあればそんな役立たずの娘なんかくれてやるよ!」  砂にまみれたお金を大事そうに拾い上げて懐にかき集める姿に、彼女を食い物にしていた男たちが重なった。ほんの数週間離れただけで、以前この人と暮らしていた二十年が、どれだけ異常だったのかを思い知らされた。 「行こう、花梨」  ケイはなに食わぬ顔で私の手を取った。野次馬に取り囲まれて嬉々としている女を尻目に、私たちはその場を後にした。 「かえって疲れさせてしまったな」 「ケイのせいじゃないよ。それに庇ってくれてありがとう」  ぎゅっと手を握った私に、ケイはキスで応えた。 ようやく私も笑みを返すと、彼も微笑んで繋いだ手に力を込めた。広場に店を出しているテントの一角で、ケイが足を止めた。 「ちょっと待ってて」  しばらくして戻ってきたケイは、私の左手を掴んで買ってきたものを取り出した。 「ケイ…」  薬指に嵌められた赤い石のついた銀の指輪。 「柘榴石(ざくろいし)だ。魔を払うお守りだ」 「…吸血鬼(ヴァンパイア)は、平気なの」 「俺は半分ヒトだからな。昼日中でもこの通りだ」  両手を広げておどけて見せる彼の胸に、私は迷わずに飛び込んだ。すぐに力強い腕が私を捉えて抱きしめてくる。 「ずっと、ケイのそばにいる。どこにも行かない」 「嬉しいね。願ってもないことだ」 あったかい… 陽射しよりも私を温めてくれる温もりに、私は頬を寄せ、離さないようにしっかりと掴まえた。
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