巣作りの原理

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巣作りの原理

 三日目ともなると、私はだいぶ回復したようだった。薬のおかげでヒートに伴う体の火照りや怠さ、ネガティブな感情などはすっかり消えていた。フェロモンの放出も目に見えて減って楽になった。 相変わらずケイは甲斐甲斐しく私の面倒を見てくれた。いったい彼の目的は何だろう。私が欲しいと言っていたその意味は、やっぱり… それでも、彼が何も切り出さないのをいいことに、私はただ彼に甘えていた。こんな穏やかな日々がずっと続けばいい。いつの間にかそんなことを願っていた。 だがその夜、うなされて目が覚めた。 夢の中で大声で叫んでいた気がする。心臓がばくばくと拍動して壊れそうなほどで、暗闇の中で自分の荒い息づかいだけが聞こえていた。いきなりドアが開いてケイが飛び込んできた。 「何があった、花梨。大丈夫か」  彼はベッドのそばに(ひざまず)き、私の肩に手をかけた。私がびくっと体を震わせると、一瞬、躊躇したがまたそっと手を置いた。 「ひどい声が聞こえたから」  彼は痛々しそうに言って私の頬に手を伸ばした。彼が拭ってくれて初めて、頬が濡れているのに気づいた。 ベッドが軋む音がして、彼が私の隣に座った。ふわりと彼の匂いに包まれた私は、安堵のため息をついた。涙があふれて止まらない。知らないうちに追い詰められていた自分の姿を目の当たりにして、私は彼にしがみついて嗚咽を漏らした。彼は私の髪に優しく口づけてずっと撫でてくれた。 「あの男たちに娼婦として売られたの」  泣きやんでから、私はケイに自分のことをぽつりぽつりと話し始めた。私を売り飛ばしたのは実の母親だった。血の繋がりはあるけど、親子の絆や愛情は皆無だ。なぜなら彼女もまたΩであり、男たちの性欲の対象とされながら生きてきたからだ。私の父親も客のうちの誰だかわからない。そんな状況でまともな子育てなど出来るわけがない。だからといって母に同情したり、その行為を許したりなど出来るはずもなかった。 ふた月ほど前、二十歳にして初めてヒートを迎えた私を見て、母は目の色を変えた。学校にもろくに通わせてもらえなかった私はもちろん、母も私の第二の性を知らなかった。娘がΩであるとわかり、どうせ売るなら処女は高値がつくし、事故で傷モノになる前に売り払ってしまえば、金にもなって私を厄介払いも出来る。そしてあの日、私は迎えに来た男たちの手から隙をついて逃げだしたのだが、予定外に起きたヒートに翻弄されてしまったのだ。 「ケイのおかげで、今こうして生きてる」  あのまま連れて行かれたら、今ごろは男どもの好奇の的になり、ただの商品として扱われていただろう。処女としての価値なんて一度きりだ。あとは消耗するだけなんて、想像するだけでおぞましい。 「俺はおまえを、誰にも渡したくなかっただけだ」  言葉だけを聞くなら、気に入った女を金で買い取り、自分のものにしようとするつもりなのかと思う。だけど、ヒートの真っ最中の私に手を出すこともなく、それどころかヒートが収まるのを手伝ってくれている。彼の真意がどこにあるのか未だに掴めなかった。
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