巣作りの原理

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ただ、ひとつだけ確かなことがある。 彼に初めて腕の中に包まれた時、言葉に出来ないほどの安心感があった。今もそうだ。彼の匂いで気分が落ち着く。私の乏しい知識でもその意味するところはわかる。巣作りの原理だ。 相性のいい相手の匂いでヒートが和らぐことがある。相手の身につけているものを体に纏って安心を得る様子が、鳥の巣作りに例えられている。そして、それは一方的な現象ではなく、相手もまた自分の香りを好ましく感じていると言う。 もし そうなら… 運命のαである(つがい)とめぐり会えたらとは、Ωの誰もが一度は考えることだ。相思相愛である番と伴侶になれば、フェロモンの香りは番にしか届かなくなるし、ヒートも楽になると言われている。運命の相手じゃなくても、番にはなれなくてもαでなくても、せめて彼は私がそばにいたいと願ってもいい相手であって欲しい。だけど、それすらも叶わないことなのだろうか。Ωとしての開花が遅く、男性経験のない私にはわかりかねた。 それでも、私のΩという性よりは人としての本能が、彼を捉えて離さなかったように思う。この人の隣にいれば大丈夫。なぜか自然とそう思えた。 ケイは話を聞き終えると再び私を抱きしめた。 「辛かったな。よく頑張った」  短い中にも私を心から労う彼の言葉に、私はまた泣きそうになった。暗がりで顔が見えないのをいいことに、私は彼の胸に頬を預け、こっそりとシャツに涙を染み込ませた。 「もう一度眠るか。朝まではまだ時間がある」 「うん…」  彼の腕が離れ、温もりがすうっと冷えていった。急に心細くなり、立ち上がりかけた彼の袖を思わず引いた。 「花梨? どうした」 そばに いて欲しい  言葉は急には出てこなかった。甘え方のわからない私には、そう口にすることさえも難しい課題のように思えた。私が黙っているのでケイはまたベッドに座った。 「じゃあ、一緒に寝るか」  私の気持ちを見通したかのようなその言葉に、思わず顔を上げると彼と目が合った。ケイはいつものように微笑むと毛布をめくり、私を壁際の方へ追いやって自分のスペースを作った。 「手をこうして」  二人で並んで横になり、指を組むように繋いだ手から、彼の体温が流れ込む。私の体も温かくなりそれだけで眠りを誘う。 「これでもう怖くないだろ?」 「…うん。おやすみ、ケイ」 「おやすみ」  私が彼の方を向くと、ケイは繋いでいない方の腕を私の体に回してきた。触れ合う体は、衣服越しにお互いの体温を伝えてくる。広い胸に頭を預けると、彼の鼓動が聞こえた。時計の代わりに規則正しく刻む音に耳を済ませ、柔らかな彼の香りに包まれて、瞳を閉じた私はゆっくりと眠りに落ちていった。
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