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「それに、あの金はあそこで拾ったんだ。俺のじゃない。出所はどうせろくでもない汚れた金だよ」
「拾った、って…」
「落ちてた金が、俺をスルーして娼婦宿に流れただけと思えばいい。おまえを手に入れられたんだ、有意義な使い道があって良かったよ」
あんな大金を、さも自分のもののように取引に利用するなんて。彼の大胆さに私は驚き呆れた。
「元々おまえを金で繋ぎ止めるつもりはない。あの時は、ああするしかなかったからな」
確かに身請けするなら、それなりにまとまったものは必要だ。とは言え、こんなに執着されるとは思ってもいなかった。
「それとも、ここは居心地が悪いか」
「そんなこと…」
想定外の質問に、私はケイの顔をまじまじと見つめてしまった。心なしか不安げな彼の眼差しに私が急いでかぶりを振ると、彼はほっとした表情を見せた。
「女に何かしてやりたいと思ったのは初めてだからな。自分では上手く出来てるのか、よくわからない」
「…ケイは、αなの?」
私のフェロモンに反応してはいたが、αにしては淡白だし、私を繋ぎ止めようとして、本来はΩの行動である巣作りもする。私が聞いているαの話とはだいぶ違った。
「一応な」
「どういう意味」
「草食に見えるかもしれないが、ヒート中のおまえに手を出さなかったのは、単なるやせ我慢だ。見た目よりはずっとしつこいぞ。狙った獲物は逃がさない」
ドキッとした。彼の瞳が妖しく光った気がしたからだ。私の心のうちを読んだかのように、彼が微笑んだ。
「心配するな。俺はおまえを悲しませたりしない。ただ、ひとつだけ言っておこう。俺と番になるのは難しいと思う」
母親との荒んだ暮らしで、特に幸せなことについては、期待しすぎない癖がついてしまっている。そうすればうまく行かなかった時の落胆も小さいから、諦めもつくと言うものだ。それなのに、思ったよりも動揺している自分に驚いた。
「それは、私以外の人を愛するかもしれないということ?」
自分の声が震えていた。どうかしてる。自分からここを出ていこうとしながら、会ったばかりの名前しか知らない男の人に、捨てられるのを怯えるほど惹かれているなんて。
「違う。俺は恐らく誰とも番えないと思う。それは俺の問題であって、誰のせいでもない。だが、これだけは言える。俺が欲しいのは花梨、おまえだけだ。たとえ番にはなれなくても、俺はずっとおまえのそばにいると約束する」
話はよく見えなかったが、彼の言葉はまっすぐ私に届いた。彼が私と同じ想いでいたことが、嬉しくてたまらなかった。
ケイが私に近づいてきて床に座った。カフェオレを飲み干して、私はマグカップを床に置いた。彼の手が伸びてきて、私の髪を何度か梳いてから頬を撫でた。項を優しく掴まれ引き寄せられて、何をされるのか予想はつくけど、慣れない状況に体が追いつかない。鼓動が痛いほどスピードをあげている。彼の吐息が私の唇にかかり、思わず目を閉じた。すぐに唇を捉えられ、舌でゆっくりなぞられた。蕩けそうな優しさに私は彼の腕にすがった。耳元で彼が小さく笑った声が聞こえた。
「上手だ。俺がもっと欲しいか」
目を開けるとケイの瞳が紅く輝いていた。そんな色の虹彩を見たのは初めてだったが、ぞくぞくするほど美しい情熱の色だと思った。彼がいつもより艶っぽく見えて、ヒートの時みたいに体が熱くなった。
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