忘れられない

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 お店を出て家に帰る途中。  立樹の家は以前一人暮らしをしていたマンションのすぐ近くなので一緒に帰る。  2人きりで会うのは1ヶ月半ぶり。  もちろん、こうやって並んで帰るのも1ヶ月半ぶり。  たった1ヶ月半なのに、もっと長い間会っていないような。そんな感じがする。  立樹の隣を歩きながら月を見上げる。今日は月が綺麗だ。 「月、綺麗だね」  思わず言ってしまっていた。 それに対して立樹も答えてきた。 「そうだな。綺麗だな」  月が綺麗ですねの意味は伝わっているよな?  でも、それに対する”綺麗だな”ってどういう意味?  I Love You too。そういう意味になっちゃうよ。  ただ純粋に月が綺麗だなという意味で言ったの? 俺が言った意味は考えなかったの?  意味がきちんと伝わっていて、その上で綺麗だなと言ってくれたのならどれだけ嬉しいだろう。 でも、そんなことはないんだ。  そんな俺にとって都合のいいことは起こるはずがないんだ。だって、立樹はノンケなのだから。  だから純粋にほんとに月が綺麗だと思って言ったのだろう。  それでも、こんな月の綺麗な夜に2人で歩けるのって幸せだなと思う。  いっそこのまま時間が止まってしまえばいいのに。  立樹と2人きりのこのままで。  そう思って気づく。省吾さんとは4回デートをした。それで感じることは真面目な人なんだな、ということだけでそれ以外のことはなにも感じない。  もちろん嫌だということはない。人として好感は持っている。でも、それ以上の感情はないし、持てそうもない。  1ヶ月じゃあダメなんだろうか。もっと長い時間をかけなければ無理なのだろうか。  でも、好きになれそうな感触すら持てない。  好きになれるものなら好きになりたい。  だけど、俺の心は好感以上の感情を持ってくれそうにない。  省吾さんではダメなんだろうか。  いや、省吾さんがダメなのではなく、立樹以外がダメということなのかもしれない。  俺の心は立樹以外を受け付けないんだろうか。  もしそうだとしたら今の努力は無駄だということになる。  どうして立樹なんだろう。  確かに外見はどストライクだ。  でもそれだけならここまで好きになることはなかった。  性格があったのもあるだろう。  だからここまで好きになった。  だけど、こんなに苦しくなるのなら出会わなければ良かった。  そんなことを思ってみたりもしてしまう。 「好きだよ」  そう小さく呟いてみた。  隣の立樹にもよく聞こえなかったようで聞き返される。 「なんだって?」 「ん〜別に」 「彼氏いてもこうやってまた一緒に呑みにいこうな」 「もちろん」 「良かった」 「立樹こそまた時間作って」 「ああ」  そういっているうちに俺の家が見えてきた。  じゃあね。  そう言おうとしたとき立樹に抱きしめられた。  何が起きたのかわからず、なんのリアクションも取れずそのまま抱きしめられていた。  そして軽く立樹の唇が俺のそれに触れる。  え? 今、キスされた?  立樹にキスされるのは初めてじゃない。  立樹が結婚する前にもキスされたことはある。  だけど、なぜキスされるのかわからなかった。  でも立樹も独身だったからあまり考えないようにしていたけど、今は違う。立樹は妻帯者だ。  そう思うと胸が痛くなって涙がでてきた。  唇が離れ、それに気がついた立樹が慌てる。 「ごめん。嫌だったよな」 「……そうじゃない。ただ奥さんいるのにしていいの?」 「……」 「じゃあまたね。また時間取れそうなとき連絡ちょうだい。おやすみ」  立樹がなにか言うよりも先におやすみと言い、家までの距離を走った。
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