忘れられない

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 夕食のイタリアンは美味しかった……ハズ。  言い切れないのは、このあと省吾さんに言うことが頭にあって味がよくわからなかったから。  カフェでの休憩のこともあり、俺の様子がおかしいのは気づいていたけれど、それは疲れているからだと思っているらしかった。  そして味のわからない食事を終え帰る前に観覧車に乗るのに並ぶ。  夜なのに、夜景が綺麗だということで観覧車はそれなりの人たちが並んでいた。  俺はこれから言うんだと思うと緊張感が増していく。 「それではどうぞ。行ってらっしゃいませ」  スタッフさんに観覧車の扉を閉められ、省吾さんと2人だけになる。   「悠くんどうしたの? そんなに疲れちゃった? 夕食食べないで帰った方が良かったかな?」  俺の様子がおかしいのは疲れのせいだと思っているみたいだ。  こんなに俺のことを考えてくれるのにな。なのに、なんでダメなんだろう。  申し訳なくて泣きそうになる。  それより、言わなきゃ。 「あの! お話ししたいことがあって……」 「話し? 俺に?」 「はい」 「あまりいい予感はしないな」  だよね。この状況でいい予感がする人はいないだろう。 「あの……やっぱり俺、お付き合いできません。ごめんなさい」  そう言って頭を下げる。  省吾さんの顔を見るのが怖い。 「……」 「省吾さんのことはいい人だと思います。好きになれたらいいなって思ってました。でも、ダメで……」 「俺のことは好きになれそうにないということ?」 「はい……」 「そっか」  そう言ったまま省吾さんは黙った。  傷つけた。失礼なことをした。そう思う。思うけれど、これ以上ずるずるしていたらもっと省吾さんを傷つけてしまうから。  黙った省吾さんに俺はなにも言えないし、俺がなにか言うのは違う。  遠くまで見渡せる観覧車。夜景が綺麗なのにそんなのを見る余裕もなければそんな状況でもない。  15分かかる観覧車の間、俺と省吾さんの間に会話はなかった。  観覧車を降り、途中まで一緒に帰るけれど、当然会話はない。  2人の乗り換え駅が来てお互いの路線へと行くとき。 「今までありがとうございました。そしてごめんなさい」 「……」  俺が声をかけるも、省吾さんは黙ったままだった。そして、黙って乗るべき路線のホームへと進んで行った。  なにも言わなかった省吾さんがどれくらい傷ついたかわかる。でも、長くなってから言うのはもっと傷つけると思ったから。  せめて、省吾さんに素敵な人が見つかりますように。  そう思いながら省吾さんの背中を見送った。  そして省吾さんの姿が見えなくなってから俺も自分の乗り換えホームへと行った。  あんなにいい人だったのに。好きになれたら立樹に紹介するつもりだったのに、それは訪れなかった。  そう思ったら無性に立樹に会いたくなった。  カバンからスマホを取りだしメッセージアプリを立ち上げ、立樹とのトークを見るとメッセージが入ってた。 『こんど彼氏紹介してな』  立樹、ごめん。紹介できないや。 『別れた』  立樹はなんて言うだろう。きっと理由を知りたがる……はずないか。だって俺がまだ立樹のこと好きだって知ってる。  スマホをカバンにしまいかけたとき、ピコンとメッセージの着信を伝える音がした。 『そっか』  その一言だった。  そりゃそうだろう。別れた理由だって言うまでもなくわかっているんだから、それ以上言葉が出るわけがない。  そういえば大翔にも彼氏紹介しろって言われてたな。  省吾さんと付き合い始めたときはメッセージで報告だけした。  立樹と同じようにどんな人かジャッジするからって言ってたな。それもナシになった。  大翔との最後のメッセージを見ると立樹と同じセリフが入っていた。 『早く彼氏紹介しろよ』  その大翔のメッセージにも同じように一言返す。 『別れたから紹介できない』  そう送って、今度こそカバンにスマホをしまった。
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