再会

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 翌日ソフィアは一人で街まで歩いていった。そして質屋の奥さんに何処かで馬を用意してくれそうなところはないかと聞きに行った。 「馬? ってことはソフィア様はまさかここまで歩いてきたってことですか!」  驚かれるのは予想していたので、用意しておいた理由を述べる。 「ええ。キャサリンのお腹には赤ちゃんが居るので、ベンジャミンにはキャサリンの近くに居てもらいたかったのです。シュリアに行きたいのです。一頭建ての幌馬車なら私でもお支払いできると思うので、どこかに馬を出してくださる方がいらっしゃいませんか?」  本当はソフィアの所には箱馬車も幌馬車もなく、この時期首都シュリアまで行くにはかなり無理があったのだ。 「ないこともないかと……なぜ、こんな時期にシュリアへ?」  冬の旅は過酷だ。幌馬車では寒さは防げない。だからこその疑問なのだろう。無理して行くには普通理由があるものだ。 「ヴィンセント様から呼び出されました。それで、どちらに行けば馬車を──」 「また、あの男爵! 言っちゃあなんですが箱馬車じゃなければ駄目ですよ。アタシは絶対、それ以外の馬車は紹介できませんからね」  確かに箱馬車なら屋根も扉もある立派な馬車だ。貴族なら普通に使っているものだが、ソフィアは持っていなかった。 「でも、箱馬車だと料金が高過ぎて」  質屋の奥さんは眉間にシワをくっきり浮かべてため息を盛大についた。 「そんなのあちらさんに支払って貰ったらいいのですよ! ソフィア様、ご自身の顔を見たことがありますか? あなた、そんな綺麗な顔立ち曝け出して馬車に乗ってご覧なさいって、危なくって仕方ないわよ。野党狙われます。それにここまで歩いて来るのだって正気の沙汰ではないと思いますよ。攫われたらどうするんですか! そもそも、妻を呼び寄せるならば迎えの馬車を寄越すのが紳士たるものの行動ではありませんか。なんてゲス野郎なのかしら」  一気にまくし立てる奥さんに、ソフィアはちょっと笑いそうになってしまった。 「もう、笑い事じゃないんですよ。絶対に箱馬車でなければ紹介しません。絶対に!」  笑いながらも困っていたソフィアに奥さんは言う。 「あのネックレス。質入れをしてますけど、いっそ売ってしまったらいいんじゃないですかね? そしたらお金も入りますもん。大事にとっておかなくてもいいでしょう。妻をこんなふうに扱う男からのプレゼントなんて、アタシなら何にも欲しくないです」  初めて手にした高価なネックレスだった。奥さんの言う通り、送り主に気持ちがないのならばどんなに美しくても意味がない。所詮借り物としか思わなかったが、それでも頂いたものを勝手に処分するのは道理に反していると感じていた。 「あれはあのままでいいのです。さっきのお話で確かに相手方に出してもらうのが筋な気持ちになってまいりました。気づかせていただいて、ありがとうございます」  腰に手をあてがって「じゃあ、名ばかりの夫に馬車代金を払わせるということですね。そういうことなら宿屋の主人に箱馬車を出してもらいましょう」と手伝いの若い男を呼び寄せた。そんなわけで思いの外快適な旅へとなったのだった。  途中、小さな町で一泊し、それ以外はほぼ移動に費やしたお陰で一日半ほどで首都シュリアに到着した。その頃にはほぼ日が暮れていたのだが、シュリアは治安が良いので、そのままバトラー家の邸宅へと送り届けて貰った。  家の前に馬車を横付けすると、夜にも関わらず従僕がとんできて、ソフィアが馬車から下りるのに手を貸した。そして、家の中からは執事も出て来て、馬車の御者と少し言葉を交わしてから恭しくソフィアに挨拶してきた。 「お久しぶりでございます、奥さま」  トンプソンの挨拶に猛烈な違和感を覚えて、努めてやんわり「ソフィアと呼んでくださるとありがたいです」と否定した。立場上はそうかもしれないが、ソフィアの認識では『奥さま』とはかけ離れている。 「かしこまりました。ソフィア様。何かお召し上がりになりますか?」  家のあちこちに火が灯されている時間帯だ。使用人たちはもう仕事から離れているはずなので、ソフィアはそれを断った。腹は空いていたがそんなことは日常茶飯事だ。 「少し疲れましたので休ませて頂きたい」  そこで意を決してトンプソンにここまで連れてきてくれた御者に手当てを弾んで上げて欲しいと言ってみた。 「もちろんでございます。今夜は家に泊め、明日帰路につかせることに致します」  ソフィアには冷遇するが御者にはきちんと対応してくれると知って胸を撫で下ろしていた。御者のほうがソフィアより数倍疲れているはずだ。 「ちょっと失礼いたします」  トンプソンとの会話を一旦止めて、御者の元に行くと「ここまで連れてきてくださってありがとございました。ここでお別れですが、気を付けて帰ってくださいね」と挨拶をした。 「賃金はこっちで払って貰えるらしいです。聞きましたか?」  思わずソフィアは破顔し、良かったと呟いていた。ソフィアの安堵を見て、御者もニッコリ微笑んだ。 「ソフィア様、食事時に交わした会話は忘れません。とても楽しかったです」  食事を共にする度に御者とは仲良くなっていった。特に鶏の飼い方を教えて貰ったのは助かった。ジョークを交えて楽しく話してくれたことをソフィアは感謝していた。気の乗らない訪問を楽しい時間で癒やしてくれたのだ。 「私も。またあちらに戻った際にお会い出来るのを楽しみにしています」  二人が和やかに別れの挨拶を交わしているのをトンプソンがじっと観察しているなどとソフィアは知る由もなかった。
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