再会

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 ヴィンセントは部屋から出ると廊下で侍女の一人に呼び止められた。これから港に行く予定だった。年末に貿易船か帰港したので傷み具合をチェックしなければならなかった。 「急ぎか?」  夜は父親に妻を連れて国王主催のパーティーに出るように命令されているので、目が回る忙しさだ。そもそも妻を人前に連れて行くつもりなどなかったのだが、父は爵位を買ったと影で言われるのはヴィンセントが妻を公の場に伴わないからだと攻めた。実際、買ったのだから言いたい者には言わせておけばいいのにと思ったが、いい加減父の小言を聞くのもうんざりしてきたので、とうとう折れたのだった。 「ソフィア様が至急お話したいとおっしゃっています。その……今夜のパーティーの件で」  なんだって言うんだと悪態をつきたくなる気持ちを抑えて「じゃあ、直ぐにここに来るように言ってくれ」と侍女に返した。侍女の背中を見送るとエントランスに繋がる階段のところでソフィアを待った。  程なくして現れたソフィアの姿にヴィンセントは目を疑った。勝手にイメージを作り上げていたのが悪いのだが、想像とは打って変わってかなり目を引く女性だったのだ。小走りにやってくる小柄な女性の目はやや下がっていて温和そうだし、栗毛色の髪に合わせたようなヘーゼル色の目は近づくほどに琥珀のようで興味深い。 「ヴィンセント様ですね。お待たせしてしまい申し訳ありません。私は……ソフィアです。前に一度──」  役所に書類を提出したのはヴィンセントだし、正式にこの女性を妻にした訳だが、一年以上経ってやっとまともに顔を突き合わせたことになる。挨拶に迷いがあるのは当然だった。 「ああ……、ソフィア」  ぎこちない返しをして、暫く二人とも次の言葉を探り合う。先に口を開いたのはソフィアだった。キュッと目を瞑ってから瞼を上げると、口を開く。 「大変言いにくいことですが……少し生活費を支援していただきたいのですが」  表面上の美しさに気を取られた後だったので、ヴィンセントは金を無心され大きな不快感に襲われていた。そうだった。この女はあの侯爵の娘なのだ。 「なるほど、金か」  どこから手に入れたのか、やたらと貧相なドレスを着ているのも気に入らなかった。そこまでして金を要求するとは。 「初めて会った時も莫大な婚礼金を要求し、二度目の今回はしおらしく見せてまた金。金のことしか頭にないのだな!」  つい語気が強まるのを抑えられなかった。一瞬、美しさに目が眩んだことで自らに苛立ちを募らせていた。  そもそも生活には支障ない金額を支給しているはずだ。トンプソンからそう聞かされている。きちんとどれくらいの金額が妥当なのか調べて金額を決めているはず。トンプソンはそういう男だ。それなのに金を要求するなんて強欲すぎて恐れ入る。 「寝言は寝てから言ってもらいたい! 不愉快だ!」  怒鳴りつけている自分にも苛立ちを覚え、ヴィンセントは踵を返して大股で自室へ向かっていった。挙式をしたあの日と同じくソフィアをポツンと残して部屋のドアを勢いよく閉ざした。  ソフィアは叱られ、萎縮する子供時代を思い出していた。父親も、一方的に言いたいことだけいう人だった。叱られ泣きそうになれば、それでまた怒る人間でもあった。ソフィアはグッと込み上げてきた涙を堪えドレスを握り締めていた。 「あんなに怒るなんて、あの子ったらなんなの」  初めて聞く声がゆっくりと近付いてくる。階段を一人の女性が上がってきたのだ。 「聞くつもりはなかったのだけど……あれだけ声が大きくちゃ聞こえてしまうじゃない、ね」  階段を上りきった女性は、ドレスを握り締めていたソフィアの手を取った。 「ソフィアね。私はシャーロットよ。あのろくでもないヴィックの姉なの。怒鳴るなんて人として最低よ。ごめんなさいね」  ヴィンセントの姉、シャーロットは泣いてもいいのよと付け加えた。確かにヴィンセントと同じブロンドだが目の色はどこか懐かしいブルーだった。 「ご挨拶もしませんで……そうです、ソフィアと申します」  挨拶はいい。何も考えずにできる。目を閉じ大きく息を吸うことで気持ちも落ち着かせることに成功した。取り繕うように最後は笑みを浮かべることすら出来た。 「立ち入ったことを聞くけれど、お金に困っているのかしら?」  シャーロットは問いながら、ソフィアを勇気づけるように握った手に力を込めていた。  今しがた怒られたばかりだったソフィアは素直に困窮していることを認めていいのか迷った。
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