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嘘をついても何も始まらないと思い、ソフィアは現在ジリ貧であることを認めた。
「どちらの家からも援助がなく、売れるものは全部売りました。一応、ドレスを縫って売ったりはしていますが……ずっと厳しい状況です」
シャーロットは顎を引いて、正直に驚いてみせた。
「どちらからも? それはヴィックがあなたにお金を渡していないということ?」
「結婚した時に多額の婚姻金は頂きましたが、それ以外は……。婚姻金は父が全部受け取って使ったのだと思います」
シャーロットは首を振って「それは生活費とは別物だわ。あの言いにくいこと言ってしまうけど、そのドレスは普段から?」と、使用人より劣るドレスを上から下に眺めていた。
「着心地は見た目ほど悪くはなくて……」
恥ずかしさのあまり言い訳をしてしまったが、聞かれたことと答えがずれてしまった。
「そう……。そうしたら、今夜のパーティーはいかがなさるの?」
シャーロットが良いことを聞いてくれたと思った。本来ならは触れてほしくないところだが今は別だ。本当はドレスがなくて出られないことをヴィンセントに伝えたかったのだが、今はもう言えそうもない。ここでドレスを理由にしたら再び金目当てだと勘違いされかねない。
「ドレスがないので、お断りする予定でした。ですので、えっと……そのことをお手数ですがヴィンセント様にお伝えくださいませんか? あ、ドレスがないからという理由だとまた誤解を招くかもしれないので──」
違う理由を考えようとするソフィアにシャーロットは俄然、前のめりになって言う。
「待って待って! ドレスが理由なら私のを貸して差し上げるわよ。背格好もそれほど違わないし、着られるはず。どうかしら?」
パーティーは男女ペアが鉄則だ。ソフィアがパーティーに行かないとなると、今夜行われるパーティーなのにヴィンセントはこれから慌てて相手を探さなければならないだろう。ソフィアを同伴させるためだけに呼んでいたことは間違いないことなので、極力参加するに越したことはなかった。
「ヴィンセント様に恥をかかせてしまいますものね。よろしいのですか?」
それには腰に手を当てて「いいこと、これはヴィンセントのためではないわ! あなたに嫌な思いをさせたくないから提案したの。ヴィンセントなんてお馬鹿さんのことはいいのよ」と、憤然と言い切った。ヴィンセントのことを下げるような言い方をしているが、そこには子供を叱る母親のような愛情があるように感じていた。
ソフィアはこの時点でシャーロットのことを大変好きになっていた。まるでキャサリンみたいにサバサバとしていて気持ちいい人物だ。おまけに優しいのまで似ている。
「ありがとうございます。大きな悩みが解決して、本当になんと言っていいか」
シャーロットは少し離れたところで様子を窺っていた侍女を手招きした。その侍女が歩いてくるのを待ちながら言う。
「私、ヴィックがこんなに鈍感だなんて思わなかったわ。女は綺麗なドレスに身を包めば、それだけで幸福を感じるのよ。逆に粗末なドレスを着なければならなかったらそれだけで不幸だわ。ほんと、結婚相手にここまでのことをするなんて、どうかしてるわよ」
二人のもとに来た侍女に「ヴィックにソフィアを連れて行くから、パーティーの時間になったら私の家に迎えに来るように言ってちょうだい」伝えるとソフィアの手を引いて階段を下りていく。
「我が家の料理人が焼いたフィナンシェはとても美味しいのよ。まずは美味しいお菓子でお茶にしましょう。そこで好みを聞くわね。ソフィアにドレスを選ぶのが楽しみだわ」
シャーロットは古くからの友人のようにソフィアに接し、乗ってきた箱馬車に二人で乗り込んだ。一度も楽しみだなどと思ったことのないパーティーに今は少しだけ心が躍っていた。
「家についたら夫に紹介するわね。今日のパーティーには私たちも行くわけだし、仲良くして欲しいわ。私の夫はヴィックと違って気遣いも出来るし、自慢なの。ヴィックがそういう夫にならなかったのは意外だけど、きっと周りが全然見えてないのよ」
残念そうなシャーロット。ソフィアは同じく周りが見えてない父を思い浮かべて深く頷いた。
(本当に好きなものがあると周りが見えないのかも)
奇しくもそんな男性にばかり振り回されるソフィアと、そうではないシャーロット。ソフィアはシャーロットを羨ましく思うことがあっても妬むような感情は湧いてこなかった。
出てきた家からシャーロットの家までどれくらいの距離があったのか、ソフィアにはわからなかった。なぜならシャーロットはずっとお喋りを続けていたし、ソフィアはその他愛もない会話が楽しくて仕方がなかったのだ。だからシャーロットの家について馬車が停まった時、どうして停車したのだろうと純粋に思っていた。それほど、瞬く間に時が過ぎていた。
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