パーティー

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 シャーロットは後ろからついてくる箱馬車の中は気にして、隣に座って足を組んでいる夫ダニエルに話しかける。 「二人にして大丈夫だったかしら」  ヴィンセントの冷たい仕打ちを聞いていたダニエルだったが、肩を竦めた。 「あの顔見たろ? ソフィアの美しさに心を奪われたって書いてあったじゃないか。まあ、急には態度を改めてもてなすことはしなくて、酷い行いは慎むんじゃないのかな」  確かに、ソフィアの事を迎えに来たヴィンセントの顔と言ったらなかった。シャーロットは密かに勝利を勝ち取った気持ちになっていたし、横にいたダニエルですらそんなヴィンセントを見て吹き出しそうになっていた。美青年と言われて久しいヴィンセントでも、あのような呆けた顔があるのだと国中の女たちに見せてやりたかった。 「あーあ、このまま恋に落ちてれっきとした夫婦になってくれないものかしら。私はソフィアが大好きだわ」  心の声が漏れているよと優しいダニエルが苦笑するが、シャーロットは口に出して言いたかったのだ。願っているだけではなく、口に出すことで神にしっかり届くようにしたかったのだった。  その頃、王宮へと近づく馬車の中、ヴィンセントは窓から外を眺めて居た。沢山の貴族たちが馬車に乗って王宮を目指しているものだから、ソフィアと共に乗っている馬車の動きはゆっくりとしている。  隣に落ち着いた様子で腰を掛けているソフィアは怒鳴ったヴィンセントを責めることもなく、ただただ大人しく付き従っていた。 (これだけ立派なドレスを持っているなら始めからきちんとしたものを身に纏ってくれていたら良かったんだ)  ヴィンセントは怒鳴ってしまったことを恥じていた。それなのに、ソフィアにも責任があると思おうとしていた。美しい女性ならもっと堂々としていればいいし、身だしなみも整えていれば、ただのがめついだけの女だとは思わなかったと、よくわからない言い訳を頭の中で並べていた。 「お姉さまの──」  突然話だしたソフィアにヴィンセントは物思いから醒めて背筋を伸ばしていた。 「シャーロット様は本当に気さくでお優しい方でございます。それにダニエル様も」  薄暗い馬車の中ではソフィアの表情をはっきり見ることが出来ないが、それでも整った顔立ちはシルエットになって浮かび上がっていた。 「ああ……」  何と答えていいのかわからず、相槌を打ったヴィンセントだった。 「嬉しかったです」  小声でそう述べるとソフィアが俯いた。これまたどういう反応をしていいのかわからない。  馬車に乗り込む前に、姉のシャーロットが肩を怒らせて「優しくしてあげて! 紳士なら常に優しくすべきだわ」と言い放ち、夫のダニエルになだめられて身を翻して去って行った。 (優しくか……)  確かに、契約しただけの関係だと割り切っていたから紳士的な態度は何一つ取っていなかったのは事実だった。シューマン家の人間であるだけで嫌悪していたし、口を開けば金の事しか話さないと決めてかかっていたのは確かだ。 「今宵は本当に月が綺麗ですね」  窓から見える木々はすっかり葉を落としており、その上に半月が静かに浮かんでいた。 「この辺は道が悪い。あまり話していると舌を噛むぞ」  ガタガタと馬車は先ほどから揺れていた。だから気を付けた方がいいと注意を促したつもりだったが思ったより冷たい口調になり、ヴィンセントは自ずと口を閉ざした。まだ気持ちの整理がつかず、直ぐには態度を変えることができなかった。 「ええ」  ソフィアは短く返事をし、黙って月を見続けていた。シャーロット夫妻のお陰でとても楽しい気持ちになっていたからと言って、ヴィンセントが同じ気持ちになっているわけではない。だから急に態度を和らげることはないのだと理解した。 (またここで、お金の話をする勇気が持てないわ……)  黙っていれば、穏やかな月夜だ。しかも美しいドレスに身を包み、極上の馬車に揺られている。人生で一二を争う最高の夜なのに、ここでまた金の無心をしたら息苦しい雰囲気になることは間違いないのだ。 (キャッシーごめんなさい。戻ったら、これまで以上にドレスを縫うわ。勇気がない私を許して)  この瞬間もあのあばら家で寒い思いをしている身重のキャサリンを思うと、保身のために口を閉ざす自分のことが心底嫌になる。でも、この狭い箱馬車の中で再び険悪な空気になるのは怖かった。父に怒鳴られることが多かったソフィアは大人の男性に声を荒げれると、気持ちが委縮してしまう癖があった。 (ダニエルもうちのベンも穏やかで良かったわ。きっと私という人間が男の人を苛立出せてしまうのね)  ため息を吐いて、隣に座るヴィンセントの様子を窺っていた。 (姉のシャーロットにはちゃんと礼儀正しかったし、何か言われたようだけど素直に聞いていたのだから、やはり私の何かが気に障るんだわ)  寄り添って談笑するシャーロットとダニエル夫婦を思い出すと、会話することも許されないソフィアは、心が悪いものに蝕まれていくようだった。
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