パーティー

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 案の定というべきか。ヴィンセントは王宮に入ると早々にソフィアの元から離れ、恋人の公爵令嬢クリスティンのところへ行ってしまった。  知り合いなどいないに等しいソフィアは壁の花になり、一人佇んでなけれならなかった。この状況は数回参加したパーティーでも体験済みなので、そこまで苦痛を感じない。むしろ今回はシャーロットのドレスとアクセサリーのお陰で、惨めだとは思っていなかった。 「あら、あの方はどなたかしら」 「例のヴィンセント様のお相手って話よ」 「お金欲しさに結婚したらしいわね。そんなの娼婦と何が違うのかしら」  ヒソヒソと話しているようで悪口は全て筒抜けで油断すると俯いてしまいそうになる自分を叱咤し敢えて前を向くように心がける。  ソフィアは遠くに見えるヴィンセントと輝かんばかりの存在感を放つクリスティンらしき二人を見上げていた。取り巻きの女性たちに囲まれて、大きな花束のようだ。 (ただ佇んでいるこの時間があればドレスの生地を裁つことだってできるのに)  着飾った女性たちのドレスを観察し、面白いデザインのものがあれば出来るだけつぶさに観察するようにしていた。金銭的な援助を望めないなら、洋裁の注文を貰い続けなければならない。  そこへシャーロットが夫を連れてソフィアの元へと歩いてやってきた。ほんの少しの間でも親しくしてくれた相手が近づいて来てくれたことにソフィアはホッとして、自然と笑みがこぼれていた。 「こうなると思っていたのよね。ちょっとあいさつ回りをしなければならなかったから、なかなか戻ってこられなくてごめんなさい」  謝ってくれるシャーロットの優しさに、心を打たれて首を振った。 「一人でも大丈夫です。でも、お二人が近づいて来てくださったとき心が躍りました。どうやら寂しかったようです、私」  シャーロットとダニエルは目を見合わせてから口々に軽い謝罪を口にしたが、ソフィアは「一緒に居られて嬉しいという事を伝えたかっただけですから」と返って慌ててしまった。  ダニエルが咳ばらいを一つしてからソフィアに手を差しだして言う。 「では、美しきソフィア嬢。一曲お相手をして頂けるかな? ダンスはどうかな? 得意?」  ソフィアは出された手とシャーロットを交互に見たが、シャーロットの方がまるで気にする様子はない。むしろ「ぜひうちの夫と踊ってあげてくれるかしら?」と、にこやかに許容してみせた。 「一通りは。あまり上手ではありませんけれど」  家庭教師のグレゴリーは侯爵令嬢という立場的にダンスは絶対踊れないといけないとソフィアが覚えるまで根気よく教えてくれたのが、今になってその有難さを痛感する。  やっと手を差し伸べたソフィアにダニエルは軽く一礼すると、手を取った。 「じゃあ、行こうか。シャーロット、待ってておくれよ」 「いくらでも踊って来て構わないわよ。私のソフィアを眺めておくから」  茶目っ気たっぷりに返すと近くを通りがかったウエイターからグラス入りのワインをとって、掲げて見せた。  それまで奏でられている音楽はまるで耳に入ってこなかった。雑音を遮断しようとして、雑音を意識しすぎていたのだろう。優雅な管楽器の調べにドレスがフワリと花開く。 「上手じゃないだって? うまいじゃないか」  ステップを踏みながらダニエルが言う。それはダニエルがリードしてくれるからと言いたかったが、頭がいっぱいで口にはできなかった。  無我夢中ではあったが、嫌なことを全部吹き飛ばしてくれるダンスはソフィアにとって最高だった。あっという間に一曲終わると、二人のもとに知らない男性が近づいてきて「私ともよろしければ踊ってくれませんか」と丁寧な誘いを受けた。 「いいじゃないか。麗しのソフィアを貸すのは惜しいけれど、妻とも踊りたいからさ」  先にダニエルが承諾し、ソフィアはこうなると断る事も出来ずに差し出された手を取っていた。そうやってダンスホールの中をスイスイと泳ぐように回っていく。  ダンスフロアは吹き抜けになっており、一段高い階から見下ろせるようになっていた。 「──でね、ヴィック。春が来たら南の方に旅行に出ようと考えているのよ」  恋人のクリスティンはヴィンセントにわずかにもたれかかるような態勢で、春になったらやりたいことを話している。しかし、クリスティンはダンスフロアが気にかかり話に集中出来ずにいた。 (また、違う男と……。何人と踊れば気がすむんだ)  ソフィアのレモン色のドレスが華麗に広がり回り続けている。同じフロアにいる若い男の視線の先にソフィアがいる事もわかっていた。今日の主役はほとんど名も知られていないソフィアだった。 「どこの令嬢だろうか」  男同士の会話が気にかかり、クリスティンの声すらもう何一つ入ってこなくなっていた。 「あら? ヴィック。もしかしてソフィア嬢が気にかかって?」  クリスティンの口からソフィアの名が出たことでようやくギクリとして、意識がクリスティンへと向いた。
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