パーティー

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 青い目でヴィンセントを見つめたクリスティンは続けて「あれだけ美しい方ですもの当然だわ」とニッコリ笑みを浮かべた。ヴィンセントが返答に戸惑う間もなく、隣にいた女性が口を挟んできた。 「まぁ、クリスティン様! クリスティン様に比べたらまるで道端の小石のような存在ですわ」  ソフィアが小石なら、どうして次々に男性たちがダンスに誘うのか、ヴィンセントは言い放った女に説明してもらいたかった。しかも、ソフィアは形ばかりとはいえヴィンセントの妻なのだ。自分のものを小石呼ばわりされて、気にならないほうがどうかしている。  言い返したい衝動に駆られたが、反論したのはヴィンセントではなくクリスティンだった。 「いいえ、そんなことはないわ。見てご覧なさい、男性たちが群がっているじゃないの」  クリスティンが指さす先にソフィアがいて、今まさに次の男性の手を取るところだった。  取り巻きの女性が「色目を使っているに違いないわ。今夜は次の結婚相手を探すのにもってこいだもの」と言い、「はしたないわ」と貶す者も居た。 「悪いがちょっと挨拶をしてきたい人が居たから失礼する」  ヴィンセントは口実を作ってその輪からそそくさと抜け出した。人の悪口を聞くのは不愉快だし、なんとなく身内を悪く言われたようで気分が悪かった。   「思ったより──」大股で去っていくヴィンセントの背を見つめながら耳の横に垂らしたブロンドを指に絡めながらクリスティンが呟く。 「ヴィックは奥様がお気に召されたようね」  数人の取り巻きが顔を見合わせてから「クリスティン様から心変わりするなんて、あり得ません。あんな田舎娘、ヴィンセント様が気に入るわけないじゃありませんか。ここにこんなに洗練されたクリスティン様がいらっしゃるのに」とその中の一人が焦ったように擁護した。  弓なりの眉をピクリと動かしたクリスティンは手を口にあてがって、さも可笑しそうに返す。 「そうね、ヴィックは私に夢中なの。そこは心配してないのよ。今夜だって、呼んだら直ぐに飛んできたわ。奥様の初披露の日だというのに……困った人なの」  クリスティンは階下を見下ろして続けた。 「でも、彼はあの方の婿なのよね。せっかく侯爵になれても、奥様が居たのでは私たちは一緒になれないわ。せっかく近づけたと思いましたのに」 「ああ……お可哀想に。愛し合っていらっしゃるのに、こんな試練あんまりだわ」  我が事のように嘆く女たちはこの話が大好きなのだとクリスティンは承知していた。  悲恋は女たちの興味をそそり、しかもヴィンセントは完璧な容姿の持ち主ゆえに夢を見るにはもってこいなのだ。いつだって二人の恋愛模様は噂の的だった。それがクリスティンにはなんともおかしくて、敢えて皆が思い描きたいように振る舞うようにしていた。ここにいる女性たちは公爵家と男爵家の叶わぬ恋模様に一喜一憂し、いつか身分を超えて一緒になることを夢見ているのだ。クリスティンに自分たちを投影して、ヴィンセントと結ばれることを願っている。 「どこまでいっても叶わぬ恋なのよ」  憂いを浮かべて女たちに背を向けたクリスティンはそっと笑いを吐き出した。ヴィンセントの富と容姿は魅力的だ。誠実な恋人だし、文句はない。女たちが身分差の悲恋に酔いしれているからクリスティンとしては演じているだけで、男爵など初めから遊び以外の何ものでもなかった。 「私、ちょっと酔いたいわ。皆さん、いかが? 私は座ってお酒を飲んでくるわね」  クリスティンはいま一度、ダンスフロアで踊っているソフィアに目をやった。軽く目を閉じ頭を振る。 (家業の為とはいえ、爵位を売るような真似をするなどもっての外。侯爵の癖にプライドはないのかしら。貴族とも言えぬような下層の男爵を婿養子にとるなんて、恥を知るべきよ)  クリスティンの心の内を知る由もない取り巻きの女性たちは、眉間にシワを寄せて顔を歪めたクリスティンを気の毒そうに見つめていた。  女たちの輪から離れた後、ヴィンセントは柱に寄りかかってソフィアを見つめていた。生き生きとした表情に、踊り続けたゆえの頬の赤らみ。小柄なソフィアはどの男性に対しても見上げたまま笑みを絶やさなかった。ヴィンセントに対してはそんな表情を一つもみせなかったのに、他の男達にはするのかと苛立ちさえ覚えていた。 (あれでは、男どもが勘違いするに決まっている。ソフィアは自分が結婚している自覚はないのか)  今も踊りが終わっても名残惜しそうに男が手を離そうとしない。  そこでふとソフィアのネックレスに目がいった。小粒だがダイヤモンドをふんだんに使った豪華なものだ。 (執事のトンプソンは結婚した証に贈るネックレスはルビーにしたと話してなかったか。だとしたら、他にも宝飾類を持っているということだな。それで生活費を支援して欲しいなどとよく言うもんだ)  愛らしい笑みを称えたまま男と談笑するソフィアから、それでもヴィンセントは目が離せなかった。
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