パーティー

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 ヴィンセントは連れて帰ったソフィアが目を覚まさないことに時間が経つにつれ、不安になってきていた。  ベッドの横に椅子を運び、容態が急変していないか何度も何度もチェックしていた。呼吸は乱れていないが、夢を見ているようで時折顔を歪ませている。 (医師の言うことには今夜中に何もなければ問題ないらしいが)  シャーロットの手配した医師はソフィアを寝かしたあたりで直ぐにやって来た。一通りソフィアの体を診て、骨は折れていないから、問題は脳に損傷を負っていないかどうかだと話していた。 「それと、言いにくいのですが……」  年配の医師はヴィンセントのことを伺いながら、言いにくそうに付け加えた。 「奥様に、もう少し栄養のあるものを食べさせてあげてください。肌の弾力が若い女性とは思えないほどよくありません。指で押した所が戻ってこないのです」  ヴィンセントはソフィアに視線を走らせた。確かにまじまじ見ると顔色も悪く、体も華奢を通り越してやせ細って見えた。  医師の言葉にヴィンセントは頷くことしかできなかった。たまたま顔色が悪く、元々食が細い可能性もある。ただ、ヴィンセントはソフィアのことを何も知らないので、この状態に思い当たることは何一つなかった。  とにかく今晩は目を離さぬようにと言い渡し、医師は部屋から出ていった。それを待っていたように執事のトンプソンが入れ違いで部屋へと入ってきた。 「ヴィンセント様。夜も更けて参りましたので、そろそろ床につかれたらいかがでしょうか」  ソフィアの胸が穏やかに上下しているのを見つめたまま「今夜はみてなければならないから、ここにいる」と答えた。 「それならば私が代わりにソフィア様のお側におります。もしくは侍女を呼ぶこともできますが」  昨日までのヴィンセントならそうして貰ったかもしれないが、今夜のヴィンセントは一緒に居るべきだと思っていた。  それは馬車に乗り込んだヴィンセント達に追いついた姉が、半分泣きながら叱責したせいもあった。 「ヴィンセント! あなた、今までどこにいたのよ。気の毒なソフィアを放っておくなんて、どうかしてるわよ! あなたがちゃんとエスコートしていれば足を踏み外すこともなかったはず。もし、もしもソフィアに何かあったら、私はあなたの事を許しません!」  ソフィアが階段から落ちたのは自身の注意不足だと言い返すことも出来たが、ヴィンセントは何も言わずに非を認め、姉夫婦と別れ家路についた。  王宮はパーティー用に普通の貴族の館ならば一ヶ月分ほどのろうそくが灯されていたから明るかった。けれども、不慣れなソフィアに十分な明るさだったかと言われたらそれは違うだろう。そんなソフィアの為に、これまで何度も王宮を訪れているヴィンセントがエスコートすれば階段を踏み外すこともなく、たとえ踏み外しても支えてやれたし、落ちることはなかったはずだ。 (楽しそうに踊っていたソフィアの元に行き、踊りを申し込めば良かったんだ。そうしたら近くに居たから階段から落ちることもなかったはずだ)  妻へダンスも誘えない、歪な関係だ。他の男達はもっと気軽に声を掛け、ダンスを踊っていたというのに、ヴィンセントにはそれができなかった。  物思いから醒めたヴィンセントが返事を待っていたトンプソンに自分が残ることを伝えた。 「わかりました。医師には部屋を用意し待機してもらっております。何かございましたら声をかけてください」  理由を聞かないトンプソンで良かったと思っていた。王宮に入った時と出る時のみしか一緒に居なかったことへの罪滅ぼしだと言ったら、さすがのトンプソンでもヴィンセントを軽蔑するだろう。  出ていったトンプソンが遠ざかるのを聞きながら大きく息を吐き出した。 (ソフィアが金に執着するのは父親譲りなだけで、ソフィアのせいではないかもしれないしな。なによりこの結婚は完全に金の上で成り立った契約婚に過ぎないのだから……ソフィアの口から金のことしか出ないのだって当然だろ)  思いの外、ソフィアが美しく大人しい性格だったから、ヴィンセントの中で何かが揺れ動いていたが、ソフィアにとってはヴィンセントは金づるであるこのに変わりはないだろう。 「……待って」  突然、ボソッとソフィアが呟くのでヴィンセントは弾かれるようにソフィアの顔を伺った。しかし目は閉じられたままだ。 「……その青い瞳……あなたに──」  そこまでしか聞き取れなかった。その後、また何事もなかったようにソフィアは落ち着いた寝息を繰り返す。  ヴィンセントはソフィアの肩が布団から出ている事に気が付き、そっと掛け直してやった。 (ソフィアに想い人が? まあ居てもおかしくはないが)  青い瞳とハッキリ言ったのだから、ヴィンセントではない。二人のこれまでを考えればヴィンセントがソフィアの想い人になるわけがない。全く持って当然のことだが、ヴィンセントは胸の内がどんよりと重い雲がかかったように感じていた。 (想い人か……)  どんな相手なのか交友がある可能性の貴族の顔を思い出そうとしていた。相手がわかったところでどうということもないはずなのに、どうにも気にかかり長い夜の間無利益な想い人探しに時間を費やすヴィンセントだった。
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