挙式

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 *  バルカギア王国の伝統的な髪型である長髪をゆるく束ね、白のタキシードに身を包んだヴィンセント・バトラーは睨みつけるように書状に目を通していた。 「なんだこれは。半年前より更に金額が上乗せされている」  婚前契約書には常識では考えられぬ婚礼金が記載されていた。横に立つヴィンセントの執事であるトンプソンは、表情を変えぬまま頷いた。 「爵位が欲しければこれだけ出せということでございましょう」  遠洋に出られる船が一隻作れる金額だ。いくらバトラー家の商いが上手くいっているとはいえ、一年分以上の利益を費やすことになるのはやり過ぎだとヴィンセントは感じていた。 「さすがは偏屈侯爵だな。がめついのにも程がある。本当にこんな家と関わりができて我が家には益があるのだろうか」  ブロンドを揺らし吐き捨てるようにヴィンセントが言うのを聞いて、執事は「残念ながら男爵は爵位の中でも最下位でございます。侯爵は上から二番目の爵位、皆の見る目も違いましょう」と諭した。  ヴィンセントとて理解はしている。もし、生まれた時から侯爵であったなら恋人クリスティンの爵位である公爵から次の爵位になる。その近さなら多少金を積めば結婚も十分許される範囲だ。この国では爵位がものをいう。肥沃な土地は上位階級に与えられており、それ故財産も唸るほどあった。政治を司る議会、議長は最上位公爵から選出されるし、多くの役付は階級順に割り振られている。 「港の権利とて男爵では端の端だしな。公爵連中は外遊でしか港を使わないというのに。我らは貿易で生業を立てているのだから、あんな端では支障が出ると何度も訴えているのにな」  領地をほとんど持たない男爵家が生きていくには商いが必須となり、その点でヴィンセントの家はどこよりも成功していると言ってよかった。それでも、扱いは良くないので苦々しく感じることばかりだった。 「今回のご結婚で港の権利をいい場所に移せるならば、総合的にみてお買い得と言ってもいいのではないでしょうか」  というところだけヴィンセントはなぞって言い、持っていた書状をトンプソンに手渡した。これはこの婚前契約書に署名するという意思表明だった。 「皆は偏屈令嬢を追い出すことを望んでいるのだろうが……それにはそれ相応の理由が必要だ。下手をすれば他の貴族たちから叩かれるだろうしな。こちらは男爵だ、目上の侯爵相手に失礼なことをすれば、他の者たちが黙ってない」  それではお仕事に差し障りますと言いながらトンプソンは書状をくるくると丸めて、嵌めてあったリングに通した。 「結婚の契約は五年だ。その頃、もう一度大金を掴ませ異国の地に住まわせることが出来ればいいが……」 「貿易相手に妾が欲しいものが居ないか当たっておきましょう」  屋内でもはっきりとわかるグリーンアイでヴィンセントはトンプソンを見つめて頷いた。 「いくら愛情がないとはいえ妻になる女だ。一応苦労しないような相手を内密に頼む。地獄へ落としたなどとなったら夢見が悪い」  承知いたしましたとトンプソンは頭を下げて部屋から出ていった。 「ソフィア·シューマンが父親より分別のある人間であるように祈るか」  呟いたヴィンセントはテーブルに用意されていた手袋を掴み、重い気持ちで控え室を出て自らの結婚式に向かうのだった。
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