新生活

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 ソフィアはキャサリンに案内されて屋内に入ってみた。名ばかりのエントランスには暖炉と二人掛けのソファーと一人掛けのものが二脚、それにテーブルがあるだけだった。ソファーは傷んでいないのでソフィアとキャサリンで表に持って行って、叩いて埃を払えば使えるという結論に達し、家を見て回ってからやることにした。暖炉の方は煙突掃除をベンジャミンが冬までにやると言っていたらしい。  次に隣のキッチンへと入って行くと、こちらは既に拭きあげられて綺麗な状態になっていた。 「到着してまずはキッチンを掃除したのよ。長年使ってないのがよくわかる有様だったんですもの」 「使える食器類はあるのね」  洗いあげられて重ねられた陶器を見ていくと、キャサリンが「足らないものもあるから……さすがに少し揃えないと生活に支障が出るとおもうわ」と、眉間に皺を寄せた。 「たとえば?」 「シルバーは壊滅的。あっても錆びていてどうにも使い物にはならなそう。陶器はそういう意味では長持ちするけれど、金属のものはだめね。大鍋に突っ込まれていた小鍋は磨いたら使えるようになったけど、大鍋がなかったら毎日ジャムやソースしか作れないわ」  ソフィアは想像して笑ってしまった。それはなんとも腹が空きそうな日々だ。炉も掃除が終わっているのでソースは今日から作れると白目をむくキャサリンにソフィアは抱きしめたくなっていた。昔から苦境だらけだったから、キャサリンの明るさや冗談がいつもソフィアを勇気づけた。笑い話にしてしまえば案外苦しいとは思わないものなのだ。  次にキッチンの奥にあるメイド用の部屋に入って行く。ここは屋根も落ちていないのでベッド枠がしっかり残っていたとキャサリンが説明した。とはいえ、二人で生活するには手狭過ぎて、ソフィアは首を横に振った。 「狭すぎるわね。増築できるかしら」  これには金のこともあるが、持ち主がバトラー家であることもあって打診してからやらねばならない。 「増築より、ベッドを新しくしたらいいと思うの。部屋いっぱいまでベッドとして使えば快適に暮らせるもの」  そんな部屋は聞いたことがないが、本人がいいと言うなら名案だった。それなら増築も必要ないし、この使えるベッドをソフィアが使えばいいのだから。 「では真っ先にベッドを新調しましょう。そうしたら屋根が直るまでエントランスホールにこのベッドを置けばいいわ。私はそこで寝るわ」  もう一度キッチンの方へと戻りながらキッチンの隣にある浴室などを覗き「マスターベッドルームが一番酷いことになっているなんて、ほんとあちらのお家の方は何を考えているのかしら」と、キャサリンは問題の部屋へとソフィアを案内した。  扉を開けてまずソフィアが笑ってしまったのはその明るさだ。屋根がないものだから、太陽の恵みが存分に降り注いでいた。 「すごいわね……こんなお部屋きっと後にも先にもこれっきりだと思うわ」  苦笑するソフィアにキャサリンが「もちろんですとも。これが仮の住まいと言うなら納得だし、もしこれ以上酷い所へ移り住めなんて言われたら、国中の貴族方を呼び寄せてルームツアーを敢行しましょう。ほんと、皆にこの非道極まりない行いを暴露してやるんだから」と息巻いた。  頼もしいキャサリンの言葉に笑いながら部屋を見渡して、全てが色褪せて朽ちかけているのを確認した。使えるものが一つもないのはある意味潔い。 「ベッドを置いてもスペースがあるわね。どうやら食事をするところはエントランスホールか、ここにテーブルを置くかのどちらかしかないみたいだわ。私的にはキッチンの横の方が使い勝手が良いと思うからエントランスホールで良いと思うのだけど、キャッシーはどう?」  キャサリンは手を腰にあてて「話しのわかるご主人様だわ。もちろん近い方がいいわね」と、答えた。  これまでもソフィアは家の使用人たちとキッチンで食事をとることがほとんどだった。だから、キッチンが近い事は皆にとって快適だという事を知っていた。なんせ、熱々の食事が食べられるし、お代わりだって直ぐにできるのだ。 「ねえ、フィフィ。このあばら家で唯一気に入っているところがあるの」  キャサリンの表情を見るとソフィアはそれがとってもいい事なのだと悟った。ソフィアの手を取ったキャサリンが「もう黙っておくのが大変だったわ」と引っ張って表に連れて行く。  子供の頃のように手を取り合って表へと駆け出ると、家の横の茂みに連れて行った。 「わぁ、ラズベリーだわ! しかもこんなにいっぱいあるなんて」  見たこともない程のラズベリーの群生だった。自由気ままに生えているラズベリーの幹に赤い実がどっさり下がっていて心が躍った。 「こんな家に住まわせるなんてって思ったけど、これだけは最高だと思ったの」  小さい頃から二人の大好物だ。ソフィアがクスッと笑い「これでジャムもソースも確かに作り放題だわ」と言った。キッチンで見た小鍋を思い出したのだ。 「そうね、でもこれだけのラズベリーでしょう? 半分はお腹に入れてしまってもいいかもしれないわ。あの小鍋だけじゃ捌ききれないもの」  二人はやっと幸福感に満たされて、顔を見合わせて笑ったのだった。
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