質屋

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 三人は揃って馬車に乗り、街へとやってきた。幌馬車でもなくただの荷馬車だが、これでも維持するのが精一杯なのだ。  現在住んでいるルードリル地区から街に行くには馬車で三十分かかる。それほど掛からない方だが、帰りに荷物を持って帰るには荷馬車がないと困る。 「欲しいものが揃うといいわね」  ソフィアは膝の上に置いた箱に手を乗せて、明るい口調で言った。本当は寒さで顔が強張って話しにくいが、こういうときほど話したほうがいいと知っていた。寒いときはじっとしてるとますます寒くなる。 「毛織物と、毛糸と、香辛料、それから紅茶も欲しいわ」  キャサリンがソフィアにそう返すと「鶏をニ羽買ったらどうだろう」と、ベンジャミンが言う。 「そうね。つがいで飼いましょう。そうしたら卵も手に入るし、いずれは肉にも困らなくなるもの」  キャサリンが嬉しそうにベンジャミンに話しかけるのを見て、ソフィアはそれだけで温かい気持ちになった。二人が楽しそうにしてくれているのは救いだ。 (大事にすると誓ったのにネックレスを手放してしまうのはさすがに気が重いわ……)  箱に置いている手が自然と箱を慈しむように動いていた。それでも二人にこれ以上迷惑はかけられないのだから、こうするほかない。  そんなふうに心を決めて質屋に行ったのだが、中年の店主はソフィアのネックレスを見て首を振った。 「こりゃあ、高価すぎますよ。うちじゃ扱えませんねぇ」  ソフィアは当てにしていた手前たじろいだが、食い下がった。 「そこをなんとかお願いいたします。今日はお金を貰って買い物をしないとならないですし、そうしないと冬が越せません」  うーんと唸った店主がソフィアの顔をまじまじ眺めた。 「あなた様は侯爵令嬢だと聞いてますよ。なぜにこんな片田舎に……いやまぁ、居てもいいんですがね。確かバトラー男爵の元に嫁に来たとか。バトラー家の皆さんはこのあたりには住んでおらんでしょう」  これが単なる好奇心なのか、ソフィアが本当にバトラー家の嫁かどうか怪しんでいるのか、ソフィアはどう答えたらいいのか困った。そこは後ろに控えていたキャサリンがグイッと前に歩み出て店主を睨みつけた。 「何が言いたいのかしら! ソフィア様は本物の侯爵令嬢でありましたし、今はバトラー男爵様の家に嫁いでおります。その証拠がそのネックレスだとおわかりでしょう?」  並のネックレスではないのは一目瞭然で、特に大きな真紅のルビーは相当金に余裕がなければ手が出せないものだ。 「いやいや、でもなんだってこんな所に住んで居るのか気になるところでしょうよ」  店主がまだそんなことを言うのでキャサリンもフンと鼻息荒くそっぽを向く。 「ヴィンセント様に恋人がいらっしゃるのは周知の事実。そんなことソフィア様の前で言わさせるなんて、失礼にもほどがあるわ。この方はね、侯爵令嬢であるのに文句一つ言わずにあばら家で暮らしているんです! ヴィンセント様が恋人にうつつを抜かしまるで省みないから!」  ソフィアは気まずかった。店主の憐れみをもった眼差しを感じながらもう一度交渉しなければならなかったのだから。 「あの、そういうわけでどうしてもお金が必要なのです。分割でも構いませんので質にとってくださいませんか?」  ソフィアが懇願したところで、店の奥から女性が顔を出した。 「あんた、どうにでもやりようがあるだろ」  店主は茶色の髪を一纏めにしたその女性を妻だと紹介した。 「初めてお目にかかります、ソフィア様だったかしら。それにしても、ご苦労されているのですね。とは言っても実際、この店ではあんまりに高価なネックレスに対して対価を出せるほどお金を置いてはいません。ただ、こうしたらどうでしょうね。主人に首都までこれを持って行かせて、質屋に入れさせる。そうすりゃ金は用意できるでしょ。だから、今日はツケで買い物をするってことでどうでしょう。あとからうちの主人にそのツケを支払って貰えば万事解決ってもんです。手数料は貰いますけどね」  それは有り難い提案だが、問題は既にツケが溜まっていてもう商品を売ってもらえないかもしれないのだ。 「既にあちこちツケにしているもので……むしろもうお金を支払って欲しいと言われているのです。だから、これ以上はツケにしてもらえないのではないかと──」  ソフィアは言いながら、どこまで恥を晒さなければならないのかと頬を赤らめていた。  店主の妻は店主を肘で突いて「それは本物だろ?」と問い、「そこは間違いない」という答えを得た。 「じゃあ、その買い物にアタシが同行いたしましょう。アタシがとにかく一旦支払って、うちのツケにしとけばいいのさ」  今度はキャサリンが「それは本当に有り難いのですけど、実は家の修繕費も払わなくてはならなくて金額が大きいのもあるのです」と付け加えた。 「じゃあ、そこにも行ってうちが保証するからもう少し待って欲しいと言ってあげましょ」  店主の妻の男気に、店主とソフィアたち三人が唖然していた。すると、妻はソフィアを見てウィンクする。 「アタシはね、お飾りの妻を娶る男なんて大嫌いなんですよ。しかもさ、その妻にこんな思いをさせて男の風上に置けないやつだと思っちゃってね。ね、そうだろアンタ」  急に話を振られた店主は慌てて「そ、そうだな」と答えた。主人はともかく、妻の方はソフィアの立場を理解し、応援してくれるらしいのだ。ソフィアはジンと心に感動が落ちてきて、体中に行き渡る気がした。 「ありがとうございます。私、このような親切を受けるのは初めてで、本当に嬉しく思います」  妻はカウンターの向こう側から出てきて「噂は耳にしてましたし、なによりそんなに寒そうなドレスを着て、嘘をついてるなんて思わないですもの。苦しい時はお互い様ってやつなんです」と、自分の肩にショールを掛けた。本当に買い物に同行してくれるのだとわかり、ソフィアはただただ深く感動していた。
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