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目の前に郵便配達員の男がいる。一瞬違うのではないかと思うくらい、見たこともない格好だ。制服は全身真っ黒、しかも昭和の映画にでも出てきそうな古い自転車が近くに停めてある。ポストを開けて中の手紙を回収していなければ、配達員だとわからないほどだ。
(まさか落とした? ありえないだろ)
うっかりミスにもほどがある。捨てようかと思ったが、後で何か責任問題になっても嫌なので渡すことにした。
「あの、これ落ちてましたけど」
すると配達員はゆっくりと隆介を見た。まるで化粧をしているかのように真っ白い顔、目元まで深くかぶった帽子のせいで表情が全くわからない。しかもいつの時代だと思うようなガマぐちのカバンを首から下げている。
配達員はじっと隆介を見つめているようだ。なんだよ、という言葉を飲み込んでしまうほど。まるでナイフを首元につけられているようにピンと張り詰めた空気。
「どうも」
静かに言うと手紙を受け取ってカバンにしまった。奇妙に思いながらもなんとなくその姿を見つめてしまう。配達員はポストをしめてそのまま自転車にまたがると、どこかに走り去っていった。
今の配達員ポストの鍵をかけていなかったのではないか。なんとなく気になってポストの扉を開けようとしたが。
そのポストは錆びてしまっていてびくともしない。しかも投函口にはガムテープが貼られていて「現在使われていません」と書かれていた。
「なんだよ、これ」
交差点で信号待ちをしているとアプリの通知が鳴った、直樹だ。
『言い忘れた、知り合いがモデルやらねえかって言ってきてんだ』
正直全く興味がない。そう返事をしようとした時だ。とん、と背中を押された。え、と思った時には二、三歩前に踏み出していた。激しいクラクションとともに車が突っ込んでくる。
(なんで――)
次の瞬間ものすごい力で後ろに引っ張られた。引っ張ってくれたのはかなり体格の良い男性だった。確か隣にいた人だ。
「大丈夫か!?」
いきなり目の前に飛び出したので咄嗟につかんで引っ張ってくれたそうだ。危うく死ぬところだった、その事実に震える。
「君、今誰かに押されなかった? 自分で飛び込もうとしたにしてはなんか変な出方したから」
「あ、はい」
放心状態で何とかそれだけ返事をした。警察に言おうにも証拠はないし誰がやったのかもわからない。確実なのは誰かが自分を殺そうとしたということだ。
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