副社長

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「藤堂さん」 副社長は小走りでこちらに駆け寄ってきた。 そして、ゆっくりと唇を重ねる。 温かくて柔らかい唇に、浮かんでいた涙が零れた。 「…副社長、駄目です。頑張って書いた辞表、破り捨てたくなります」 「破り捨てられるなら、そうしてよ…」 「駄目です…」 「何で…。なら何で、泣いているの…」 副社長は私から流れる涙を指で拭い、また優しくキスをする。 「……」 もう、駄目だって…。 思いが溢れて、止まらなくなる。 「野依副社長…好きです。副社長のことを好きになってしまったから…離れなければなりません…」 「ただの秘書が、仕事以上のことを望んでしまっているのです…。もうこれ以上、ここに居られません」 そう言うと、副社長は私の頬に手を当て、優しい瞳で見つめてきた。 その瞳も…駄目だって…。 私の言葉を聞いてもなお、何故そんなに優しそうな表情ができるのか分からない…。 「副社長、お手を離して下さい…。本当にこれ以上は私、感情が抑えられなくなります」 「…………いいよ。抑えなくて」 「え?」 副社長は私の身体を抱き締め、また優しくキスをした。 いつものように唇を舐めては吸い、そのうち舌を絡める。 「…藤堂さん……」 優しくも激しいキスに、涙が止まらなくなった。 どうしてこんなキスをするの。 せっかく退職しようと決めたのに。 決心が…揺らぐ……。 そんなこと考えていたら、耳を疑うような言葉が聞こえて来た。 「…藤堂さん、俺も好き…。だからお願い、退職するなんて…言わないで」 「………」 嘘のような副社長の言葉に、脳は物事を考えることを止める。 「自分の仕事効率を上げるために、秘書さんにはキスをお願いしていたんだけどね。…初めてだよ、藤堂さんとは…キスをするたびに温かい感情で胸がいっぱいになって…止まらない…」 私の目から零れる涙を拭う副社長。 そんな彼もまた、同じように涙を零していた。 「嘘だ…」 「何で嘘だと思うの」 「有り得ません…」 「本当だよ。言えなかったけれど、いつの間にか…好きになっていた…」 沢山キスをして、抱き締め合い、愛を囁き、その言葉に溺れる。 せっかく退職を決意したのに。 その意志は…もうどこかへ行ってしまった。 幸せな空気に包まれる中、副社長は私が手に持っていた辞表を取り上げ、その中身を見ずに両手で掴む。 「これはもう、いらない…」 そう言って、2つに引き裂いた。
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