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ある日の、定時後。
野依副社長が机の後片付けをしているタイミングで私は、ついに退職したい旨を告げることにした。
いつでも言えるように、辞表だけは用意をしていたから。
あとはタイミングの問題だけだった。
「……」
今が、チャンス。
そう思い、意を決する。
「……野依副社長、今宜しいでしょうか」
「ん? どうしたの、藤堂さん。改まって」
片付けの手を止め、こちらを向く。
優しい表情をしている副社長に、胸が痛くなった。
…できれば秘書として傍にいたいけれど。
今の私は、それ以上のことを望んでしまう…。
「あの、副社長。大変申し訳ございませんが…退職させて頂きたく、思いまして…」
そう言いながら、副社長に辞表を差し出した。
「………」
目を見開いたまま、固まってしまった副社長。
辞表は受け取らず…俯きながら小さく言葉を発した。
「理由、聞いても良いかな」
「………」
野依副社長のこと、好きになった。
なんて、口が裂けても言えなくて。
でも、気持ちをちゃんと伝えたい気もして。
少しだけ目に涙が浮かんだ。
「…やっぱり、キスが嫌?」
「い、いいえ。嫌なんてことはありませんでした。…私には特定のお相手がいるわけでもないですし…全然……。ただ……」
そこまで言って、言葉が継げなくなった。
言えない、この先は言えない…。
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