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ほろ苦い
12時 カフェ 「ドルチェ」
「……若瀬先生って? 一体どんな人なんでしょうか?」
「さぁねぇ? 名前以外、全てが非公開だからねぇ? でもまぁ? 怜音って言うぐらいだから、男性じゃあないかなぁ?」
注文したカフェオレを互いに飲みながら、小泉と渋谷が、若瀬怜音がどんな人物なのか、想像していた。
「えっ? 女性でも、怜音って子いますよ?」
「えっ?」
渋谷からの予想外の返しに、小泉は、彼女の顔を見る。
「だから、私の高校時代の友人に、怜音って子、普通にいましたよ? なんなら、私の親友で、下坂結って言うのがいるんですけど、少年誌で、立見隼人と言うペンネームで、漫画を連載をしてますけど」
「……」
「……小泉先輩?」
急に黙り込んだ小泉の名前を心配そうに呼ぶ。
「私、立見先生の怪しげな探偵の大ファンなの! でも、まさか、立見先生が女性の人だったなんて。でも、そんなことは、今はどうでもいい。渋谷さん!」
「あぁぁはい!」
渋谷の両手をがっしと掴む。
「お願い! 今度、立見先生に会わせて貰えないかな? お願い」
「……あぁぁはい。結に大丈夫か聞いてありがとう」
少し引き気味な渋谷。
「ありがとう! 渋谷ちゃん」
「先輩は、立見、いやぁ? 結の描く漫画が本当に好きなんですね?」
「好きなもんじゃないよ! 立見先生の描く、漫画は、毎週面白くって、私にとってのエナジードリンクみたいなもんなんだよ! あと、主人公の桐野蓮がかっこいいんだよ! これがまた!」
漫画家、立見隼人こと下坂結が描く、少年漫画「怪しげな探偵、桐野蓮」の事をこんなにも楽しみにしてくれている人が、すぐ近くにいたことに、渋谷は、嬉しく思えると同時に、こんなにも人を感動させられる仕事をしている下坂結の事を羨ましいと思った。
「小泉先輩? って? もしかして、そういうちょっと危険な香りのする男性がタイプなんですか?」
「渋谷ちゃん!」
まさか返しに、思わず名前を呼んでしまう。
しかし、渋谷は、そんな小泉を無視してさらに話しを続ける。
「いやぁ? だから、小泉先輩の片想いの相手って、堂城副編集長ですよね? でも、確か、堂城副編集長って? ご結婚されてましたよね?」
「……」
返事を返す言葉ができない。
それどころか、大学時代も含めて約10年一緒に要る胡桃にもバレなかった秘めた恋を、入ってまだ2ヶ月のそれも、正直言って、あまり話した事のなかった渋谷ちゃんに、さっきのあの短い会話だけでバレてしまったことに、小泉は、驚き以上に、笑いが込み上がってきた。
「……小泉先輩? あの?」
自分の言葉に、黙り込んでしまった小泉に、しどろもどろになってしまっている渋谷。
「はぁははあぁ」
「小泉先輩!」
突然、笑い出す小泉にさらにしどろもどろになる渋谷。
そんな渋谷に、笑い涙を拭きながら、
「あぁ! 最初から叶わないって解ってる恋って! つら! でも、好きになっちゃったからしょうがないじゃん!」
そして、そのまま、渋谷の方に視線を移しながら、
「渋谷ちゃん! 恋は盲目って言うけど、時には、残酷な恋もあるから気を付けてねぇ? 私のその見本的なぁ?」
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