ご招待?

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ご招待?

 近くの駐車場に停めてあった西園寺の外車に乗せられて、私は何処へ向かっているのかも分からずに前ばかりを見ていた。なぜか西園寺の方を見られない。無防備な顔?私の顔が変なのかな。 「…俺のマンションにご招待します。いつもホテルばかりで、お互いの住んでる場所に一度も行ってないのってよく考えたら変ですよね。俺の私生活を見て、結婚生活のイメージを持って貰えれば嬉しいかなって思ったのもありますけど。  …葵さんのお店、雰囲気が凄く良かったです。葵さんらしいって言うか。でもスタッフがあんなに若い男なのは気に入らないな。あいつ、葵さんに色目使ったりしませんか?」  一方的に話し続ける西園寺の言葉に、私はクスクス笑っていた。 「清原君のこと?あの子は兄さんの弟分なんだよ。言わば私の監視役と言うか。カフェをやりたいって言った時の条件のひとつなんだ。自分の知っている顔をスタッフに入れる事を約束させられてね。でも店長としても中々有能だから、かえって兄さんに感謝してるんだ。  私のカフェを褒められると悪い気はしないね。私らしいってのは自分じゃわからないけど、来てくれたお客様にホッとした時間を過ごして貰うのが一番だと思ってるから。…良かったら今度、西園寺さんにコーヒーご馳走するよ。結構自信あるんだ。拘ってるから。」  西園寺が住んでいる高層マンションは、私の家からそう遠くない場所にあったけれど、いかにもな成功者の住む様な場所にあった。豪奢なエントランスを入ると、コンシェルジュが二人出迎えてくれる。二人ともガタイが良いので警備も兼ねているのかもしれない。 「おかえりなさいませ、西園寺様。」  西園寺が何か受け取ってから私の方を向いて彼らにニ言三言言うと、私を見た彼らは微笑んで会釈した。会釈を返しながら、やっぱりコンシェルジュの居るマンションは正直どう対応して良いか分からないと思った。  生まれながらの御曹司である西園寺の様に、人を従えることに私はやはり慣れない。  戻って来た西園寺の手元には封筒の様なものが何通かあった。忙しい西園寺にはこんなマンションの方が合っているんだろう。 乗り込んだ二人だけのエレベーターは西園寺の匂いが濃く感じられて、肌がゾワゾワするのを止められない。以前ならこんな時は躊躇せずにキスのひとつでも強請るところだけど、なぜか身体は動かない。 …色情魔じゃなかったのか、私。  部屋の扉を開けると、想像より広々とした玄関ホールに硬質なオブジェが飾ってあった。私の部屋とはまるで違うアーバンなテイストがあちこちに散りばめられている。  リビングは高層階に相応しく見晴らしが素晴らしかった。シンボルタワーも大きく見える。モノトーンに揃えたインテリアの中に、濃い黄色のデザインチェアが引き立って、ちょっとした遊び心のあるセンスが良かった。  「素敵だね。私の部屋とはテイストが違うけど、こんなインテリアも素敵だ。」  そう言ってウロウロと物珍しげに部屋の中を歩き回っていると、西園寺はキッチンに立って私に声を掛けてきた。 「…普段ほとんど外食で、家では飲むくらいの事しかしていないから、…スパークリングワインでも飲みますか?」  まだこんなに明るいのにお酒を勧めてくる西園寺に、生活感が無いこの部屋の様に、ほとんど寝に帰っているだけなんだろうと思った。 「もう?ふふ、私は結構家で過ごすのは好きだけど、西園寺さんはそうでも無いみたいだね?お酒じゃなくて、冷たい飲み物いただける?」  冷蔵庫に顔を突っ込んで考え込んでいる西園寺の後ろから覗き込んだ庫内は、ちょっとしたチーズなどのつまみと、ビール、数種類の飲料のボトルだけが見えた。 「あ、それが良い。そのジンジャーエール、私も好きでたまに飲むんだ。」  西園寺は、ホッとした様に瓶を二本取り出した。 「そのまま頂くよ。ありがとう。」  栓を抜いてもらって、私達は眺望の良い開口部に向いたソファに並んで座った。  「…俺を避けていたんですか?」  そう、西園寺に言われて、私は実際避けていたのかもしれないと思った。だから、正直に言ってしまった。 「…避けてた、かもね。正直、私も戸惑ってたっていうか。西園寺さん、今までとメッセージが違うから。今までは週に一度会えば上等だったでしょう?それが毎日会いたいとか、色々急だなぁって。ふふ。」  すると西園寺はボトルをガラステーブルに置いて、私の方へ向き直った。  「会いたかったからが理由じゃ駄目ですか?俺、あんな醜態晒したのは初めてなんです。こんなに必死になったのも。葵さんとは政略結婚の婚約者ですけど、それじゃ今はもう嫌なんです。  ああ、勘違いしないで下さいね。俺の婚約者が葵さんなのは何の不満もないですよ。むしろありがとうって言うか。あー、くそ…。」  西園寺は落ち着きなく挙動不審になっていたけれど、意を決した様に私の手を握って目を合わせて来た。  「葵さんのことが好きなんです。葵さんのことでイライラしたり、ムカついたり、酷い事言ってしまうくらい心が掻き乱されて、嫌になるほどなんです。  それと同じくらい気になって、さっきカフェで葵さんの顔を見た時、心臓がギュッって締め付けられるくらい嬉しいって言うか、今こうして側に居られるのもそわそわして落ち着かないって言うか…。  あぁ、上手く言えないけど、葵さんが俺のこと同じくらい好きになってくれる様に頑張りますから。また俺を政宗って名前で呼んでもらえる様に、ね?」  それは唐突な愛の告白だった。握られた手も熱いし、何なら目の前の顔も赤い気がして、西園寺は本気でそう言っているんだろう。でも私もいっぱいいっぱいだった。さっき道路で政宗の瞳に囚われて心臓が震えて、エレベーターでもスイッチ入りそうで、今だって病気みたいに心拍が上がってる。  私は手を振り解いて立ち上がると、呆気に取られた顔の西園寺を見下ろして呟いた。 「無理。私もキャパオーバーなんだから…!飛びついて襲いそう!」  ひどく掠れた声は、自分でも妙に甘えた声に聞こえた。ああ、こんなの自分じゃない!
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