政宗side幸せに近づく影

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政宗side幸せに近づく影

 「そう言えば優一の件、お前が一切手を出すなって止められてたから任せてたけど、どうなったんだ。」  葵との関係が順調になって行くのと引き換えに、俺は喉に引っかかった骨の様に時々優一の事を思い出していた。割り切った関係だったはずなのに葵にちょっかいを掛けたのは許せなかったが、元はと言えば優一に期待させた俺のせいでもある。  戌井は俺をチラッと見て肩をすくめた。  「ああ、図々しい男の話?想像以上にタチが悪かったね、あの男。お前と同時進行で色々な男にちょっかい掛けてたし、まぁその中でもお前が一番の金蔓だったけど。  もっとも俺が色々手を回す程のことも無かったな。ちょっと調べたら首が回らないくらい借金してたし、当てにしてたお前は全然会ってくれなくなって詰んだ感じだ。ちょっと親の事は突っついたけど、あっさり縁切ってさ。あれは相当親も持て余してたドラ息子だったみたいだな。  結局やばいところから金借りてたから、そっちでけりがついたのを見ていただけだ。手を出すほどのことも無かった。あいつ本当にお前と同じ高校だったのか?それにしては賢くないな。」  戌井から手渡された調査書を捲りながら、俺は高校時代の優一を思い出していた。物怖じしない性格の優一を面白がったのは俺たちアルファだ。それがあいつの人生を変えたと言うのなら、何だかスッキリしない気分だ。  そんな俺の心を見透かしたのか、戌井が机に広がる資料を指さして言った。 「お前、あの男が人生につまづいたのは自業自得だぞ?遅かれ早かれあんな借金あったら結果は一緒だ。不相応に借金する奴は、自分の首が捻れ切れるまで繰り返すもんさ。  …それより逆恨みされない様に用心した方がいい。自己愛が強いあの手のタイプは、都合の悪い事は全部他責になりがちだからな。  特に如月さん、あの人ボディーガードもつけてないだろ?普通如月家のメンバーならつけるだろうに。お前がしっかり気を配っておけよ?」  そんな戌井との会話を、俺は冷え冷えとした怒りの感情で思い出すことになるとは思いもしなかった。  その日は俺のマンションに時々泊まるようになった葵が、眠そうな顔で俺を見送るのを浮かれた気持ちで思い出してニヤついていた。戌井に嫌な顔をされる前に仕事に集中していた矢先、一本の電話がスマホを鳴らした。 「…如月さん?」  それは葵のお兄さんである、如月誉からの着信だった。俺は手を止めて慌てて電話に出た。  「西園寺君か?今明和病院なんだ。葵が暴漢に襲われて怪我をした。命に別状は無いが、捕まった犯人が君の事を知ってるみたいな事を言ってるらしい。警察も来てるから病院に来られるか?」  俺は戌井にひと言言ってから慌てて病院に向かった。あの病院は俺のマンションの直ぐ近くだ。もしかして葵は待ち伏せされたのか?まさか優一?  怒りが強いとこんなにも冷静になるなんて知らなかった。俺は状況を把握しようと、まずは葵に会うことだけしか考えていなかった。  病院の特別室の扉を入ると、目の前にベッドに寄り掛かった葵が居た。少し青い顔をしているが、俺の顔を見て目を見開いてから微笑んだ。こんな時でも葵は葵だ。怖かっただろうに。  「…葵さん!大丈夫なんですか!?怪我って…!」  ベッドサイドに駆け寄ると、葵が少し照れくさそうに言った。  「兄さんが連絡したの?大したことないのにね、大袈裟になっちゃって困ってるんだ。ごめんね、呼び出しちゃって。…前にカフェに来た政宗さんの知り合いが、マンション出たところに待ち伏せしてたんだ。  マズイかなって思ったら、案の定色々言って来て…。自分がこうなったのは私のせいだって。でも私、多分火に油注いじゃったんだよね。政宗さんからチラッと状況を聞いていたから、借金は自業自得じゃないですかって思わず言っちゃって。そしたら激昂しちゃって…。  マンションのコンシェルジュが察して走って来てくれたのを見て、気を抜いたのが悪かったみたい。突き飛ばされて壁に激突してこんな有様なんだ。ああ、本当に大したことないからね?兄さんが大袈裟に検査入院しろって聞かなくて。」  俺はホッとして葵さんの手を握って、顔色が良いとは言えない葵さんの唇に優しく口づけた。 「襲われたって聞いて、どんなに肝を冷やしたか…。俺も検査入院には賛成です。それに打ち身をバカにしてると後で痛い目見ますよ。ああ、でも馬鹿なのは俺だ。優一ともっと話をつけておけばここまでの事にはならなかったかもしれない。  …葵さんを危険に晒したのは俺のせいです。如月さんから連絡を受けたんですが、警察の事情聴取に協力して来ます。また後で来ますから。いい子で待ってて…。」  俺は部屋付きの看護師に葵を任せて、後ろ髪をひかれながら連絡があった別室へと向かった。  普通ならカンファレンスルームとして使用されているだろうそこには、警察と椅子に座らせられた優一、如月誉と多分彼の秘書、そして戌井が顔を揃えていた。険しい顔をした如月さんは私をジロリと睨みつけて言った。 「君のせいで葵が被害を受けるとか冗談じゃない。一体どう言う事なんだ。」  すると様子を窺っていた優一が俺を指差して言った。 「西園寺が二股してたせいなんだ!あんな冴えない婚約者を取るなんて、僕のプライドはズタズタだよ。ねぇ、西園寺、僕の方が綺麗でしょ?西園寺はオメガなんて好きじゃないでしょ!?僕の方が好きでしょ!」  少し狂気の滲む口調とその瞳に、俺はゾクっとした。だけど葵を傷つけた怒りは一瞬の恐ろしさを吹き払った。 「二股?見合いしてからお前とは一切会っていないだろ?とんだ言い掛かりだ。それに並行していた相手が俺以外に何人居たのか覚えていないのか?関係の対価のバックや財布を直ぐに換金してたのも調べがついてる。お前は金持ちのアルファを連れて自慢したかっただけだ。  それにお前が今の状況になったのは、自分の借金と行動の結果だ。そこに俺と葵さんとは一切関係が無い。良い加減自分のしでかした事から目を逸らさずに向き合うんだ。  …俺は愛する葵さんを傷つけたお前を、絶対に許さない。」  途端に優一は目を見開いて、俺を怯えた顔で見た。そんな俺の肩を掴んだ戌井が、皆を見回して言った。 「…落ち着け。以前からこの男は西園寺に迷惑をかけていたんです。こちらの調査報告書がありますから、警察に提出します。もう、西園寺は良いですか?西園寺、後は任せて婚約者のところへ行ってやれ。」  俺は冷たい怒りのまま、葵の病室に向かう事しか考えていなかったけれど、鋭い眼差しが俺の後ろ姿をじっと見ていたのに全然気づいていなかった。
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