父と殺し屋と手紙

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 家に帰ると、半狂乱の母と、使用人たちが私を出迎えた。  父が、椅子に座って死んでいるという。  喉を巨大な刃物でかき切られたようだ、と皆が口々に言っていた。  私は、父の部屋に入ることは許されなかった。  部屋に閉じ込められた。  どうやら死んだらしい、という情報だけで父の死の実感は湧かない。  私は暇にあかせて、女性に手紙を読んでみた。 「かわいそうなぼうやへ  お父様は亡くなっていたかしら?  変な言い方ね。  ええ、あなたのお父様の商売敵が殺し屋を差し向けてね、お父様は死なないといけないことになったの。  まあ、殺したのは私なんだけどもね……。  この手紙を送ったのは、別にあなたをもっと悲しませたいからでも、怒らせたいからでもないの。  その、なんでしょう……お父様は、理由も罪もなく死んだわけでもないって、知っておいた方がショックが少ないと思ったのよ。  お父様が殺した人数は、直接的にはゼロ、間接的には――誰かに頼んだ分と、経済的な死に追いやった分とで、少なく見積もって三百二十七人ってところかしら?  これを知っていた方が、あなたにとって世界が不条理でなく見える気がするのよね。  より道徳的な観点(この言葉、分かるかしら?)から見れば、どんな理由があっても殺されるべきじゃないし、そもそも殺した私がこんなことを言うのは図々しいのだけれど。  別に私は、あなたのお父様とは別の『問題のある人物』に、金で雇われて殺しただけだしね。  頭がおかしいと思うでしょうけど、なんとなく、あなたにはアフターケアが必要だと思ったので、この手紙を渡すことにしたのよ。  公園で会ったのも、他生の縁とも思ったしね(また難しい言葉を使ったわね、ごめんなさい)  殺し屋の女より」  当時の段階で文章の全てが理解できた、というわけではないが、要点は分かった。  要は、父は実際には清廉潔白でない金持ちであり、それゆえに死んだ、ということらしい。  そして、あの女が殺しの実行者、というわけらしかった。 「ふーん……」  私は、そうつぶやいて、手紙をカバンの中にしまった。
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