クリオネプロムナード

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どれくらい時間が経ったのか、クリオネプロムナードに明かりが灯る。 長い防波堤がライトアップされていく。 「……行こうか」 しばらくすると、門脇君が明里に声をかけてくれた。 「おじいちゃんを、殺したの」 門脇君は何も言わなかった。 「私がおじいちゃんを……殺したんだ」 門脇君は明里を抱き寄せて歩き出した。 「お前。やばいヤツじゃん」 明里はハハッと笑いながら、門脇君に寄っかかるようにクリオネプロムナードを歩いた。 一緒にバスの発着所がある海洋交流館まで戻ると、門脇君は缶コーヒーを買ってきてカイロ代わりに明里に渡してくれた。 お母さんが「買い物に行くから、おじいちゃんを見ていて」と明里に言った。 いつもの事なので「わかった」と返事をした。 おじいちゃんは口を開けながら介護ベットで半分目を開けて眠っていた。 ネットでよく『生ける屍』って言葉を目にするけど、まさしくこれだなと明里は思った。 明里は自分の部屋へ行って勉強をした。 しばらくして、おじいちゃんの部屋からガタンと大きな音がした。 ベッドから落ちたのかもしれない。 急いで階段を駆け降りた。おじいちゃんの部屋に様子を見に行く。 明里が一人の時に何かあると、体を持ち上げるのが大変だから面倒だなと思った。 「おじいちゃん、大丈夫?」 部屋へ入ってみると、ベッドの下に落ちているおじいちゃんを発見した。 転倒の危険性はあるだろうと言われているので、動く時は必ず誰かが介助する。 けれどそもそも、おじいちゃんは一人では動けない。寝返りだって難しいのに自分でベッドから落ちることなんてできるはずがない。 なのに、今、おじいちゃんは床に倒れている。 明里はおじいちゃんの肩を揺さぶった。 「何度呼んでも動かなかったの……痙攣してた。どうしていいのか分からなかった。でも、これで、自宅介護から解放される。入院できると思ったの。凄く冷静にそう思った」 明里は門脇君に話し続けた。 母の携帯に電話した。繋がらなかった。何度もかけた。父にもかけたんだけど、『今すぐ帰るから』父はそう言って電話を切った。 倒れた人って、動かしたら駄目な場合もあるし、仰向けにしたら駄目なこともあるし。 何分かしたらまた普通に動き出すかもしれない。そう思った。 おじいちゃんは、動きが止まってしまう病気だから…… 長い時間おじいちゃんの横に座って様子を見ていた。 多分20分くらいなんだけど、体感的には何時間もそうしていたように思う。 おじいちゃんは、明里の前で静かに息を引き取った。 明里が話し終えるまで、門脇君は何も話さなかった。 「なんで殺したと思ってるの?」 「私が早く救急車を呼べば、助かったかもしれない」 「誰かがそういったの?明里の事を責めた?」 誰も責めてないと首を振る。 「ベッドの横でちゃんとみていたら、死ななかったと思う」 今夜宿泊するホテルへ行くバスが来た。 二人ともそれ以外は話をしなかった。門脇君はしっかり明里の肩を抱いていた。 座席に座ると門脇君は訊いてきた。 「ちゃんとお爺さんとお別れできた?」 明里はうんと頷いた。 明里が祖父の死を自分のせいだと言えば、家族も親戚もそうではないというだろう。誰も責めないし、逆に今までお世話してくれて、ありがとうねと感謝されるに違いない。 お葬式でみんなに、よく最後までみてくれたね。ありがとうと何度も言われた。 自分でもおじいちゃんの介護を頑張ったと思うし、文句を言わずによく耐えたと思う。 明里は褒められたい訳ではないし、かといって責められたい訳でも叱られたい訳でもない。 ただこの気持ちを誰かにきいて欲しかったのかもしれない。 門脇君に話しながら、自分の心が軽くなっていくように感じた。 おじいちゃんは紋別に帰りたいと毎日のように言っていた。 明里はせめて遺骨を紋別の海に還したいと思った。 「いっしょに来てくれてありがとう」 明里はバスの中で門脇君にそう伝えた。
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