埼玉へ

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  「稜太先輩!」 改札を出たところで、私たちの方に女の子が走り寄ってきた。 同じ学校のジャージを着ているところを見ると後輩なんだろう。 「真菜か……」 そういうと、遠慮がちに門脇君が私を振り返った。 あ、テニス部の後輩だ。 明里は思い出した。 門脇君はテニス部の後輩と付き合っている。そうだった。なんで今まで思い出さなかったんだろう。 こんな重要なことを忘れてたなんて…… 「センパーイ何処に行ってたんですか?わぁすごい荷物」 彼女は無邪気な笑顔を門脇君に向けてそう訊ねた。 「あ、それじゃ、また明日ね!」 明里は元気よく門脇君に言うと、家の方へ歩き出した。走ったといってもおかしくないスピードで後ろを振り返らず真っ直ぐに。 頭の中はグシャグシャに脳が掻き回されたような状態だ。何も考えられない。いや、考えてはいけない。 今は……我慢だ。 その夜、明里はスマホの電源を切った。 朝までの時間は短い。明日また学校で門脇君に会う。 それまでにいろいろ頭の中を整理しなければならない。 彼女がいる人と旅行へ行った。 してはいけなかった。門脇君の優しさに甘えてしまった。 異性だけど友人という定義で大丈夫だろうか。二人で旅行して、手を繋いで帰ってくるなんて彼女への裏切りだし、知らなかったとはいえ……いや……知っていただろう。 そう、自分は思い出さなかっただけだ。 なんて愚かなんだろう。 彼は私とは違う。彼は学校では人気者だ。そんなに目立つタイプじゃないけど、部活も頑張ってるし友達だって多い。 私とは違う世界の人だ。 彼女は門脇君のことを『稜太先輩』と呼んだ。門脇君は『真菜』と…… 付き合っていると聞いたとき、青春してるな~って思ったんだ。その事を忘れていたなんて。 そう彼らが青春してるところに私が横から割り込んだ。 おじいちゃんの事を理由に、まるで可哀想な子のように門脇君の同情を得ようとしたんだ。 酷い人間。ただ自分の思いを聞いてもらうために利用した。北海道まで付き合わせた。帰るように説得できたし、無視すればよかった話だ。 それをしなかったのは自分だった。 翌朝明里は熱を出した。 学校へは行けなかった。 ◇ 「ごめんね。家にお見舞いに来てくれたんだね。母から聞いた」 私が学校を休んでいる間に門脇君は何度も家に来たらしい。 礼儀正しい子だったと母から伝えられた。 「ああ、スマホ繋がらないし、心配した。もう平気?」 「うん!もう元気」 「そうか……後で話がしたい。それと……もしブロックしてるなら解除して」 門脇君は半ば強制的にそう告げると席に戻った。 電話やラインがくるのが嫌だった。 何を話せばいいのか分からなかったし、思い上がっていた勘違い女みたいで自分が嫌だった。 とにかくどうするか、門脇君に何を言うかちゃんと決めてから話がしたかった。 「どうしたの?大丈夫?なんか門脇君怖かったんだけど……」 麗美が心配している。 「大丈夫だよ、なんでもない」 明里は学校を休んでいる間にちゃんと決めた。 まずは門脇君に北海道に一緒に来てくれたことのお礼を言う。 そして、私は二人で北海道へ行ったことを、彼女には言わないから安心して欲しいと伝えよう。 今回の件は、クラスメートが心配で、門脇君がついてきたという、それだけの事だった。私が気持ちが沈んでいた時に、一緒にいてくれて助かったと感謝の気持ちを伝えればそれで終わりだ。 北海道で私たちが犯した罪は彼女に話す必要はない。 私は絶対に言わない。何もなかったことにしたらいい。 彼が茉奈さんに特別に詳しい事情を話す必要はない。 「明里ちゃん……私、明里ちゃんの親友だよね。少なくとも私はそう思っている。だからちゃんと悩みがあったら打ち明けてね。役に立たないかもしれない。けど明里ちゃんの事は全力で守るから」 優しい麗美の言葉に泣きそうになった。 でも大丈夫。 私は強い。 昼休みに門脇君からラインが入った。 『話がしたい。放課後、駅前のカフェで会える?』 明里は了解と返信した。 門脇君は部活が忙しいみたいで、待ち合わせは七時になった。 明里はいったん家に帰ってから出ることになりそうだと思った。
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