ひったくり

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その動画はネットニュースで流れた。 セイラー服の女子高校生が、商店街を全力疾走している動画だ。 夜のニュースでは、門脇君と明里が交番に駆け込む動画までもが流れた。 みるみるうちにアクセス数が上がり、あっという間にトレンド入り。 世の中の人達は助けるよりもスマホで動画を撮ることのほうが重要だったようだ。 犯人はまだ捕まっていなかった。 ヘルメットを被った犯人の映像も流れ、彼らが捕まるのも時間の問題のようなことをキャスターが言っていた。 明里は門脇君と一緒にパトカーに乗せられ警察署へ連れて行かれた。 警察署には担任や教頭先生まで来て、なんだか大騒ぎになっていた。 「いや、もう本当にナイスファイトなんだけどね。危険だから、もう二度としないでね」 明里は少しメタボ気味の警察官に説教されていた。 その横で門脇君は。 「君はなんのスポーツやってるの?良い体格してるな、ラグビー?凄いな将来何になるかはもう決めてるの?」 警察官から褒められ、何故か門脇君は期待のルーキー的な扱いを受けている。 「や、あの……伊藤さんが、追いつけないくらい足が速かったので、なんとか犯人から逃げ切ることができました」 『私に水を向けなくてもいいから』と心の中で突っ込む。 「感謝状貰えるかも」 女性警官が明里に声をかけてくれた。 「取材の申し込みがね。学校に来てるんだよー。もう本当にうちの生徒は凄いな!」 SNSの時代は怖いくらい情報が速い。画像があれば学校名も、そして個人の特定だってすぐにできてしまう。 そんなことは気にしていないのか担任はニコニコ笑っている。 「ご両親にも電話しといたからな、ここに迎えに来てくれるからな」 先生はわざわざ親にまで電話をかけたんだ。 そう思うと、大袈裟だなと感じた。 『とっとと帰りたい。』 明里はそう思いながら隣を見ると、門脇君も同じことを思ってそうな表情だった。 彼は相槌を打ちながら苦笑いしていた。 明里の両親は仕事が忙しく、なかなか時間が取れない。 だから明里は、親に迎えに来てもらわなくても構わない。 一人で帰れるので大丈夫ですと先生に言った。 門脇君の家は、踏切を渡った向こうの町で酒屋をやっている。 学区が違うので彼の家族と直接知り合いではなかった。 けれど、帰り道だからと門脇君のお母さんが明里も車で送ってくれることになった。 明里は三人兄弟の末っ子で、兄も姉も家を出ていた。 両親は共働きで、共に正社員で働いているので帰りはいつも遅かった。 明里の家にはおじいちゃんがいて、祖父は介護が必要だった。 平日はデイサービスに行っているので、夕方六時六時半に家でおじいちゃんを迎える。 祖父の送り出しは母で、お迎えは明里の仕事だった。 パーキンソン病で要介護三という、一人では歩行が困難な、自宅介護老人だった。 おじいちゃんの世話は両親がしていたが、二人とも忙しかったので、手伝えることは明里がやっていた。 部活はできなかった。 高校入学時、中学まで続けていた陸上部に入りたかったが、そういう理由で断念した。 家族で協力し合って祖父を支えなければならなかった。 両親だけでは介護は難しかった。 上の兄と姉が一人暮らしをして、私立理系の大学に通っていたので学費も相当必要だったと思う。 姉は自立して今年から働いていたが、兄はまだ大学の二回生だった。 だから明里が家にいるときは、祖父の介護を手伝う形になっていた。
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