ひったくり

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翌日は学校が休みだったにもかかわらず、門脇君と明里は学校に呼び出されていた。 警察で何度も聞かれた説明を、また校長先生にしなくてはならなかった。 「門脇君がひったくり犯を見つけてタックルしました。犯人は二人いたみたいで、もう一人が鞄を盗ろうとしたので、私がそれより先に鞄を掴んで、交番まで走りました」 「何で走ったの?怖くなかった?」 「犯人はヘルメットを被っていたので、視界も狭いし、逃げきれると思いました」 「陸上部だっけ?」 「いえ」 「あ、伊藤さんは、めっちゃ速かったっす」 門脇君が横から言ってくれた。 「君たち二人を今度の全校集会で表彰するからね。マスコミの取材受けてもらえると嬉しいんだけどねぇ。まだ駄目みたいなんだ」 まだ駄目って、取材なんか受けるつもりないんだけど。先生に勝手に決められそうで怖い。 「警察の方から、犯人が捕まっていないので、SNSに上げるとか、そういうのは控えろって言われてますんで」 「そう、そう。そんなんだよな~本当に残念」 何が残念なのかよくわからない。 ようやく先生から開放されたので、二人で帰ることになった。 「怖くない?」 「え?なにが?」 「昨日の道、通るんだろ?犯人がまたいたらとか心配じゃない?」 あぁそうか。今日は門脇君は自転車なんだ。そう思うと少し怖い気がした。 明里は徒歩で通学している。 「昼間で明るいから、それに、わざわざ現場に戻って、自分から捕まりに来るほど犯人も間抜けじゃないでしょう」 確かにな、と門脇君は頷くと「じゃ」と言って自転車置き場まで走っていった。 怖いと言える女の子だったら少しは可愛げがあるのかもしれないなと思った。 昔からしっかり者だと言われ続けた。 明里ちゃんがいたら大丈夫。そういう頼れる存在の自分が自立しててかっこいいと思ったし、女友達からもさっぱりしてて好感が持てるとよく言われた。 その立ち位置は自分に合っているし、か弱い女の子をわざわざ演じる気もなかった。 女の子らしくして、男子にモテたいという願望もあまりなかった。 麗美みたいな守ってあげたい女の子だった、犯人から走って逃げきれるなんて思わないんだろう。 我ながら自分の力強さに自分で驚いた。 「私って、かっこいい」 そう一人で呟いた。 真後ろに門脇君がいたので驚いた。 「俺が?」 「あぁ、自分のことをかっこいいと思った」 門脇君は納得するように頷いた。 「確かにな。ラグビー部に入部する?」 「……」 そんな話をしながら結局、門脇君は自転車を押して明里を家の前まで送ってくれた。 「ありがとう」 「ん、じゃ、明日」 そう言って自転車に乗って帰っていった。 その時にはもうSNS上で、ひったくり犯の動画が拡散され、あっという間に私達は有名人になっていた。 学校にメールや電話で問い合わせがくることになり、門脇君も明里も時の人となった。 数週間が経ち、犯人が捕まったと警察から連絡があった。 その頃はもうブームも去って、学校でも騒がれなくなっていた。 明里と門脇君は、いつもの日常に戻って学生生活していた。 門脇君は有名人になったと同時に告白されたらしく、テニス部の後輩と付き合ったという噂を聞いた。 『SNS効果は凄いな』 高校生、テニス部、恋愛……アオハルだなと明里は思った。  
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