悪魔が現れる

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悪魔が現れる

 剣と魔法のおとぎ話の世界。    大きなパンダが二人の剣士と戦い、そしてパンダが剣士を倒す。  それは森の中の出来事。  黄色い目の中で赤い眼光が左右にうごめく。  パンダは二人の剣士の遺体を引きちぎり、滴り落ちる血を美味しそうに飲み干しながら、肉に食らいついた。  そこにもう一人の剣士が現れる。  すかさずパンダは猛烈に襲い掛かるも、剣士はそれを剣と楯でうまくかわす。  一瞬の隙をついて、魔法を唱えると、手元で光の礫がほとばしる。  それはパンダの心臓をくりぬいて突き抜けた。  パンダは吹き飛ばされて仰向けに倒れるが、胸の穴が急速にふさがって行く。  剣士は慌てる。  渾身の一撃が効かないのなら、勝ち目がない。パンダが起き上がる前に、ここを離れてしまえばいい。  しかし、蘇ったパンダはその剣士に後ろからかみついて、剣士を絶命させてしまった。  この話は瞬く間に森の側の町、ルクネイルにて噂になった。  巨大なパンダが人を喰らう。  しかし、人々は森に入らないわけにはいかない理由がある。  森には薬草やハーブがあるからだ。  薬草やハーブは、体調の悪い人や怪我人にとっては必需品である。  そして、パンダの討伐団が結成された。  総勢16名の討伐団は、パンダを倒す為に再び森に入る。  パンダはあっさり目の前に現れる。  剣士は剣を鞘から抜き、魔法使いは杖を構えて呪文の詠唱を行う。  瞬く間に、パンダは光の礫の渦に飲み込まれ、剣士たちの激しい太刀によって、切り刻まれる事になる。  しかし、強力な修復力。  パンダはすぐにその肉体を再生させて、今度は16名に襲い掛かる。    防戦一方。  魔法使いは魔力を使い果たし、剣士は体力を消耗した。  撤退の合図。  魔法使いが帰還の魔法を唱え、16名は町に逃げ帰った。  町長は国軍を動員してもらう事を思いついて、国王に書簡を送った。  書簡は馬にまたがる兵士によって持参され、国王に届けられる事となった。  そして1ヵ月が経過する。  町の薬草やハーブは底をついて、町のあちらこちらで、病人のうめき声や、怪我人の悲鳴が聞こえるようになった。  そこに、一人の魔法使いが通りかかる。  透明なケープを身に纏う、華奢な若い女性だった。  一人旅ではない。  二人旅だ。  男性の剣士が一人、長い顎鬚。髪は茶褐色である。革の鎧という軽装に、幅広の剣を腰からぶら下げている。険しい表情からそれなりの年齢を感じさせた。  町の様子がおかしい事に気が付いて町民を呼び止める。  話を聞いて二人は驚く。  二人の出身国では、パンダは”妖精”の扱いだったからである。  「冒険者様、どうか我が町をお助けください。」  町長が深々と頭を下げる。  「助けてやらぬことも無いが。何故パンダが暴れているのだ。」  剣士は名をリエルと名乗った。  「わかりませぬ。突然町民が何名も食われたので、調査に行かせた剣士も食われ。我々にはどうする事もできません。どうかお助けを。」  「妙ね。」  魔法使いはルシェンダと名乗った。  空中に水晶玉を浮かび上がらせながら、撫でるようにクルクルと手を回す。  「何が妙なんだ?」  「神々の加護が途絶えている」  「というと?」  「森は、悪夢に寝食されている、とでも言えばいいかしら。森はすでに人の生きる世ではなくてよ。諦める事ね。それもこれも、人間が馬鹿ばかりやらかすからよ。神様がお怒りになって、この世から土地を全部奪ってしまわれるわ。」  「そんな他人事を言うのか。らしくもない。」  「らしくないのはあなたよね。何、急に人助けがしたくなったの?」  「でもほら、本当に困っているみたいだから。」  「そうねぇ。一度だけよ。」  ルシェンダは、地べたに足をおろし胡坐をかいた。  水晶玉を宙に浮かべたままに、印を結ぶ。  すると光の波紋が宙に漂いはじめ、上空に煙のように立ち上った。  それがふわふわと揺れながら、森の方へ流れて行く。  すると、それまでの森の暗い雰囲気がかわり、鳥の鳴き声や、小動物のささやき声のようなものが聞こえて来た。  「悪夢から覚ました。これでパンダに対して、普通の武器が通用するようになる。あとはこの町の手勢で倒す事ができるだろう。」  ズボンを手で払いながら、立ち上がるルシェンダ。  「ありがとうございます。感謝します。今から手勢を向かわせます。」  リエルとルシェンダは、町の大広場に面した大きな居酒屋に案内されて、そこで酒や料理が振る舞われる。  夜になると、焚火が焚かれ、そこで様々な歌や踊りが披露された。  町長が何度も挨拶に訪れ、感謝を示す。  そして祝いの宴会も終わり、散開する中で、今晩は町長の家で泊まらせてもらう事となった。  眠りに就こうとした時、町長の執務室から大きな声が聞こえて来る。  「ば・・ばかな・・・。」  なんと、無事にパンダを倒す事ができたものの、パンダは倒した後に、一人の可愛らしい女性へと姿を変えたというのだ。  そしてその女性とは、数年前に姿が見えなくなった、町長の娘だった。  「ターナ・・・」  女性はまだ呼吸をしていた。  そこにリエルとルシェンダが現れる。  ルシェンダは小さな声で呪文を素早く唱える。  すると、女性の体でバチバチと一瞬弾けるような音がして、何かがはじけた。  「つけられてるね。」  リエルとルシェンダが、町長の家の外に出る。  すると、そこには黒いマントを着こんだ吸血蝙蝠のような男が宙に浮かんでいた。  「よくぞみやぶってくれたね。」  吸血蝙蝠はマントを着こむような姿勢をやめて、両手足を広げた。  強烈な不協和音があたり一斉に響き渡る。  「な・・・・なんだこの音は・・・」  リエルが耳をふさぐ。  ルシェンダが杖を突き出して空間を跳ねのける。  真空波があたり一面に広がり、そして音を全て逆流させ、吸血蝙蝠へつっかえす。  「ふふふ、なかなかやるではないか。」  吸血蝙蝠は顔色一つ変えない。  青い表情と、二本の牙が印象的である。  「何が目的だ!」  リエルが剣を抜く。  「その娘が思う男を私が連れ去った。男は永遠の生贄として、我が館に安置している。こざかしい娘は邪魔だ。だから呪いをかけた。毎晩毎晩帰還の祈りをささげるから聞き苦しい。さっきの音は、その娘が私に味合わせた苦しみ。それをこの町に返しに来たのだ。」  「おあいにく様ね。全部あなたにつっかえしたわ。」  ルシェンダが言い返す。  「ふふふふふ。まぁよかろう。わたしは、かの男を生贄にできることで、あと1000年は生きながらえる。さてと、100年くらいの眠りにつこうかしらねぇ・・・ほほほほほ」  「逃げるつもりね!そうはさせない!」  ルシェンダが魔法の杖から強力な魔力で炎を呼び起こし、吸血蝙蝠に吹き付けた。  しかし、それをひらりとかわしながら宙を舞う吸血蝙蝠。  「逃がさないから!」  ルシェンダも魔力で空中に飛び上がる。  吸血蝙蝠は強烈な結界を呼び出す。  まるでガラスにヒビを入れたかのように、その向こうには進めなくなってしまった。  「やられた・・・不死の結界。常闇・・。それがこんな所にまで・・。」  吸血蝙蝠は、笑い声と罵声を浴びせかけながら、遠くへ飛び去ってしまった。  ルシェンダは地上に着地する。  「常闇だけは、私にはどうしてみようもない・・・。」  「常闇はどこまで浸食するのだろうな。」  「わからない。人類全員を、悪夢で眠らせてしまうまで・・じゃないかしら。」  町長の娘、ターナが目を覚ます。  見て来た事、自分が操られていた事を全て明確に覚えていた。  であるが故に、完全に狂気の世界に飲み込まれていて、叫び声をあげている。  ルシェンダはターナに術を施し、狂気の世界から救い出す。  「忘れさせる事は簡単。」  大きな辞典のような魔導書をリュックにしまい込む。  「さぁどうしたものかな。」  リエルがいう。  「そうね。吸血鬼退治と行きましょうか。」      
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