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これぞ、スローライフ
雪対策! 基本中の基本を忘れていた。窓から外を見ると、ちらちらと雪が舞っていた。まだ、本格的に降ってはいない。でも、今から対策して間に合うの? アランは自信満々みたいだけど。
「応急処置なら、まだ間に合う。ジャンヌ、ロウソク職人のところに行ってロウソクをありったけもらってこい。俺は革職人のところへ行く。村長、神父様は村のみんなを集めてください!」
そう言うなり、アランは駆け出していく。ロウソク? 雪対策にロウソクが役に立つの? 何はともあれ、ロウソクをもらいに行かねば。私はロウソク職人の家に着くとドアをこじ開ける。
「おい、ジャンヌ。楽しんでいるのに邪魔をするなんて、どういう神経をしてるんだ!」
私が手短に話すと、ロウソク職人も事態の深刻さを把握したらしい。「アランも機転が利くじゃないか。ほら、これを持っていきな!」
私がロウソクを持って教会に着くと、すでにアランが何やら作業を始めていた。動物の皮をつなぎ合わせている。「さあ、皮にロウソクを塗って」との指示のままに、これでもかとロウソクを塗りたくる。やっと、アランの作戦が見えてきた。皮で雪の侵入を止めつつも、溶けた雪が水になってもロウソクで加工することで、弾く作戦だ。アランの機転に思わず感心する。って、それどころじゃない。早く教会を皮で覆わなくては。
教会を皮で覆うのは意外と時間がかからなかった。すでに足場ができていたからだ。これで一安心。
「それにしてもアランの対応力は村一番じゃのぅ」
村長は教会を見上げながら呟く。村長の言う通りだ。てっきり、アランはふざけてばかりだと思っていたが違うらしい。少し見直した。本当に少しだけれど。
「さて、しばらく教会の再建作業は中断じゃな。冬が終わるまで。イースターの頃には再開できるじゃろう」
イースター? それって、どんな行事だっけ。
「ジャンヌ、まさかイースターまで忘れたのか?」
はい、そのまさかです。だって、キリスト教徒じゃないんだもん。
「イースターはな、キリスト様の復活を祝う行事じゃ。エッグハントは欠かせないのぅ」
エッグハント。さすがにそれは知っている。いろんなところに隠されたカラフルな卵を探し出すイベントだ。クリスマスがキリストの生誕を祝う行事なのに対して、イースターはキリストの復活を祝うもの。どちらも同じくらい大事に違いない。そうか、イースターがキリストの復活を祝うのなら、それと同時に教会の復活――つまり、再建を目指そう。間に合わなくても、一つの象徴的なイベントになるだろう。
「さて、今年はジャンヌに進行を任せるぞ」
ちょっと待ってよ! また、私に押しつけるの!?
「文句があるかの? 進行役は毎年若者が行うのが通例じゃ。まあ、去年担当していたアランに聞けばよい」
よし、アランなら手伝ってくれるだろう。それなら大丈夫そうだ。いつのまにか、隣にはアランがいた。
「どうやら、俺の出番らしいな、ジャンヌ」
それなら話は早い。イースターまでは三ヶ月ほど。まだまだ準備期間はある。同時進行で教会再建をすればいい。もうそろそろ、ローマン・コンクリートが硬まるはず。こんなに時間がかかるとは思ってなかった。現代とは違うのだ。当たり前かもしれない。これで、より頑丈な教会を再建できる。
「さあ、こっちにコンクリートを運んでくれ!」
アランの指揮で男たちがどんどん作業を進める。いい感じじゃん。順調で何より。あ、子供達が再建中の教会の周りで走り回っている。
「ちょっと、危ないわよ!」
と、叱ったと同時に男の子が段差につまずく。言わんこっちゃない。うん、段差? これ、何のための段差?
「アラン、段差なんかいる?」
「そりゃ、当たり前さ。入り口に段差がなくちゃあ、浸水を防げない。それに、神聖なる空間への入り口の象徴だ」
確かに段差がなくては浸水を防げない。当たり前のことに気づけないとは。しかし、段差である必要はあるのかしら。
「ねえ、アラン。これ、段差じゃなくてスロープにしたらどう?」
そう、バリアフリーにすればいいのだ。それなら、子供やお年寄りにも優しい。
「ジャンヌ、君はなんて優しく賢いんだ! それでこそ、俺のジャンヌだ」
「ちょっと、いつのまにあんたのものになったのよ!」
「冗談だって」
アランが言うと冗談には聞こえないんだけど。さて、イースターの準備に取りかかりますか。
「アラン、ここは任せたわよ」
「え、ジャンヌについてくよ」
いや、ストーカーかよ。まあ、それくらい許すか。さて、イースターハント用の卵作りね。色つけは子供達にやってもらおう。それ自体が楽しいはずだし、自分がデコレーションした卵を探すのは、もっと楽しいに違いない。
「いい子のみんな、こっちに来てー」
かけ声と同時に子供たちが駆け寄ってくる。この子たちとの接し方も少しづつ分かってきた。子供ほど純真な存在はいない。私も小さい頃は同じだったに違いない。いつのまにか心が捻じ曲がっていたのだ。大人になるって怖いことね。
「さあ、ここに絵の具があるぞー。好きなようにデコレーションするんだ」とアラン。
子供たちがそれぞれ好きな色に卵を染めていく。この感じを求めていたのよ、私は。
子供たちが色塗りを終えると、卵を回収する。あとはこれを隠すだけ。これは分担すべきね。
「はい、こっちはアランの分。あなたに任せるわ」
私は卵が入った籠を渡す。
「おう、任せろ! さぁて、どこに隠すかな」
「一つ注意よ。私のあとをつけないこと。同じ場所に隠したら意味ないから」
図星だったらしい。アランが黙る。これでよし。
私は広場など村のあちこちに卵を隠していく。これはこれで、隠す側も楽しい。まるで、イタズラをしているような、かくれんぼをしているような感覚だ。少しドキドキする。さて、次はこの茂みかしら。ここは難易度が高いわね。見つけた子を褒めてあげよう。きっと大喜びするに違いない。私はそっと茂みの中に卵を隠す――はずだった。何かヌルっとしたものに手が触る。え、もしかして、これってヘビ!? 素早く手を引く。
「うわああぁぁ」
え、この声、まさか。
「ジャ、ジャンヌ!? なんだ、驚かすなよ……」
茂みから現れたのは、ヘビではなくアランだった。え、嘘でしょ。アランの手だったの!?
「ちょっと、あとをつけるなって言ったじゃない!」
「その通りにしたよ。ほら、あそこを見ろよ。卵が置いてあるだろ? 俺はあっちから来たんだ」
確かに、真反対から来たらしい。なんという偶然だろうか。これは偶然なの? それとも――運命? なんにせよ、これからは一緒に卵を置いて回るべきだろう。ダブってしまっては意味がない。
アランと会話をしつつ、イースターエッグを隠して回り、村の入り口に着いた時だった。何やら村のみんなが怒鳴りあっている。ちょっと、せっかくのスローライフを乱すなんて、ありえないんだけど!
「ちょっと、喧嘩はやめてよ。せっかく、イースターに向けて――」
「それどころじゃない! 今、速報が入ったんだ。戦争で負けたと」
「戦争って、イングランドとの?」
「それ以外にないだろ……」
村のみんなは再び怒鳴ったり、泣いたりと騒がしくなった。え、100年戦争はフランスが勝つんじゃないの?
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