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スローライフを送りたい
気づくと部屋の電気が消えていた。いつものことだ。この会社では一時間おきに電気が消えるのだから。残業時間中は。私はため息をつく。これで本日二度目だ。時計を見やると19時。残業と言ってもサービス残業だ。サービス残業? サービスって何さ。残業がなければ、帰宅して同棲している恋人と夕食を楽しんでいたに違いない。いや、それはありえない。入社してから定時に帰れたことはない。初日でさえ、先輩から無理難題を押し付けられたのだから。これが一年も続くと慣れてしまう。悪い意味で。
最近、ネットで「スローライフのすすめ!」なんて記事をよく検索する。当たり前だ。私は今の生活に嫌気がさしているのだから。人間関係のしがらみや都会の喧騒。そんなのとは無縁に生きたい。ああ、田舎に引っ越したいな。でも、田舎は田舎で大変かもしれない。場所によってはネット環境が悪い場合もある。それに、新参者を嫌う村もあるとか。都会、田舎ともに生きづらい世の中だ。
私はいつも通りの時間に仕事を終えると――といっても20時だが――帰途につく。こんな日々がいつまで続くのか。考えるだけでもうんざりする。こんな日常の繰返しで、生きる意味などあるのだろうか。土日くらいゆっくりとしたいが、恋人がそれを許さない。「土日くらい、家事をやれ」と。確かに私が平日に家事をできる日はない。でも、すべてやらされては趣味に使う時間はない。最後に編み棒を触ったのはいつだろうか。思い出すのはやめよう。心の傷が広がるだけだ。そんな風に考え事をしていると、放送が流れ、思考を遮った。
「まもなく列車が到着します。黄色い線の内側でお待ちください」
やっと電車のご到着だ。この前なんかは人身事故で大幅に電車が遅れた。遅延証明書を見せても、課長からは「それを計算に入れないお前が悪い」との𠮟責。そんなことができる人はいない。「じゃあ、あなたはそれができていますか?」と言い返したかったが、グッとこらえた。間違いなく十倍になって返ってくるに違いないから。
あ、電車のライトが見えてきた。さあ、座席を確保できるだろうか。と、考えていたら後ろから「ドン」と押された。あれ、やばくない? 私の目の前に広がっているのは一面のレール。もしかして、私死ぬの!? でも、それもいいかもしれない。生きる意味はないのだから。そのまま、落ちるがままに身を任せる。さよなら。
「ちょっと、起きなさいよ!」
起きる? あの世でも起きる寝るという概念があるのか。それでは、意味がない。少しはゆっくりとさせて欲しい。
「ジャンヌ! いつまで寝ているつもり!」
ジャンヌ? 私の名前は違うんだけど。私にも立派な名前がある。両親につけてもらった名前が。
「もう少し寝させてよ!」
「ああ、うちの子はなんでだらしがないのかしら」
女性のため息が聞こえる。私のほうがため息をつきたい。これじゃあ、まるで親子のやり取りではないか。
「ジャンヌ、今日は日曜日よ。教会に行ってお祈りしなさい! 地獄に行っても知らないわよ」
いや、とっくに死んでるって! 私は善行を重ねた――つもりなのに――どうやら地獄に来てしまったらしい。あれ、教会に行け?
「教会に行けって、どういうことよ」
「あら、うちの子はだらしないだけでなくて、頭もダメになってしまったのね……」
さすがにカチンときた。目を開けて声の主を見る。そこにいたのは、長い金髪を後ろで束ねた女性だった。そして、その肩越しに鏡が見える。鏡に映っていた自分の姿は――まるで外国人のようだった。え、ここはどこですか?
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