神のお告げ? そんなの知りません!

1/1
前へ
/8ページ
次へ

神のお告げ? そんなの知りません!

 鏡に映った自分の姿をまじまじと見る。絹のような金髪に透き通った肌。これ、本当に私!? 「まるで、お人形さんみたいだ」と言いたいが、少し違う。なんというか、野暮ったい。 「あの……ここはどこですか?」  ゴチンと頭を殴られる。いや、当たり前の質問しただけなんですが。 「バカなこと言ってないで、さっさと教会に行くの! あなただけお祈りの時間に遅れたら、我が家の恥よ」  もうこれ以上、怒られるのはごめんだ。無駄な質問はやめて教会に行こう。いや、行くしか選択肢がなさそうだ。  家の外に出ると、爽やかな空気に包まれる。なんというすがすがしさ。あたりを見渡すと、広がるのは石造りの壁にかやぶきの屋根。これぞ、私の求めていた田舎そのものだ。  さて、教会はどこかな。きっと立派に違いない。うん、待てよ? さっきの女性が話していたのはフランス語だ。私も第二言語で履修していたから、生活レベルなら分かる。ということは、ここはフランスということになる。そして、この家の作り。現代ではなさそうだ。まあ、それは置いておこう。今は教会を目指すのみ。  教会を見つけるのは簡単だった。メインストリート沿いを歩けばよかったから。さて、教会でのお祈りとはどんなものだろうか。私はキリスト教徒ではないので、何をすればいいか分からない。まあ、見よう見まねをするしかない。出たとこ勝負だ。  ドアを開けると「ジャンヌ、遅い!」と怒鳴られた。「もうすぐ、お祈りが始まる時間なのに、相変わらずだな」と。服装からするに、おそらく神父だろう。どうやら、私、つまりはジャンヌはめんどくさがり屋らしい。ここがいつのフランスかは分からないが、スローライフを送るのに好都合だ。いつも通りに振る舞えばいい。  さて、どうやらお祈りの時間らしい。祈るって何を? よく分からないけど、まあ成り行きに任せればいい。その時だった。変な声が聞こえたのは。 「ジャンヌ、私の声が聞こえますか?」  なんか、テレパシーなのか、よく分からないけど、頭に声が響く。なんだこれ。 「あんた、誰?」  口に出したのがまずかった。その場が静まり返る。「あの、すみません」と、とりあえず謝る。これはさすがに変なやつ認定されたに違いない。 「ジャンヌ、フランスは今までにない危機に陥っています。イングランドとの戦争で。あなたにはフランス軍の士気をあげるカリスマ性があります」  カリスマ性? めんどくさがり屋の私に? 「ええ、そうです。一言付け加えるのなら、あなたの心の声は私に直接届きます」  なんと、便利なのだろうか。あ、この心の声もダダ漏れだ。 「さあ、ジャンヌよ。立ち上がるのです。フランスの未来のために!」  立ち上がる? 未来のために? どういうこと? 「もう少し、分かりやすく言いましょう。イングランドとの戦争に参加して、フランスに明るい未来をもたらすのです。それが、あなたの生まれた意味です。」  ふーん、ジャンヌダルクね。それが私の名前なのね。一つ情報を得た。これはいいことだ。え、ジャンヌダルク!? 「そうです。あなたの名前はジャンヌダルク。フランスを導く者です」  待て待て。ジャンヌダルクは中世ヨーロッパの偉人だ。確か、百年戦争でフランスに勝利をもたらすも、火あぶりで処刑されたはず。もしかして、私はジャンヌダルクに転生したの!? 「あなたがなぜそれを知っているかは追求しません。ともかく、フランスのために戦うのです」  これが、ジャンヌダルクが聞いたという「神のお告げ」か。強引である。半分強制的じゃないの。  戦争に参加すれば、死ぬ未来が見えている。スローライフを送りたいのに、その選択肢はあり得ない。神のお告げは聞かなかったことにしよう。そうしよう。神様、どうかそれでお願いします。 「そうですか……。スローライフが送りたいですか。それなら、いいでしょう。あなたの代わりに別の者でイングランドとの戦争を終結させます」  これは願ったり叶ったりだ。中世のフランスでスローライフ。スマホがないのは不便だが、それくらいは我慢しよう。すべてはスローライフのために。 「スローライフを望むあなたに、とっておきのプレゼントをあげましょう。今夜、この教会を壊します」  ふーん。教会の破壊ね。私には関係ないことだ。無視するに限る。 「では、私はこれにて失礼します。二度とあなたの人生に関与しません」  翌朝、私は外から聞こえてくる怒鳴り声で起こされた。人が気持ちよく寝ているのに、なんて奴らだ。目をこすりながらリビングに行くと、お母さんがなにやらあたふたしている。 「そんなに慌ててどうしたの? 早く朝食にしようよ」  お母さんは私を睨むとこう言った。 「ジャンヌ、今はそれどころじゃないの! 教会が倒壊したのよ!」  ああ、それね。私は神様から聞いていたから、別に驚きもしない。 「そんなこと、どうでもいいじゃん」  お母さんの表情は怒りから呆れた感じに変わった。え、何か変なこと言った? 正論じゃん。 「あなた、正気? 教会が壊れたってことは、私たちのコミュニティの場がなくなったのよ」  え、教会ってお祈りするだけの建物じゃないの? コミュニティの場というと、現代ならSNSみたいなもの? 少し違うかもしれないけれど。そして、教会が壊れたのなら、予想される事態はただ一つ。この村の雰囲気が険悪になることだ。これが、神様の言っていたとっておきのプレゼントか。神様もとんでもないことをしてくれた。もしかして、私のスローライフは早くも終わるの? いや、早すぎない? 神様、助けて! あ、違う。教会を壊したのは、他ならぬ神様だった。もしかして、私は詰んだの……?
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加