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甲斐性無しの浮気野郎と知っても、恋をしていた想いも時間もフェリチェにとっては本物だった。初めての恋は儚く散って、野アザミの棘を刺したように胸がちくちくと痛んだ。
「……本当に、本当に、憧れだったの」
「ええ、ええ、知っていますよ。俺はいつもお嬢様の影に潜んで、その眼差しを見てきたんですからね。今日くらい、わんわん泣いてもいいんじゃないですか」
「泣くものか。フェリチェは気高いフェネットで里長フェリクスの子。失恋くらい、蚊に刺されたようなものだわ……泣いたりなど……」
虚勢を張れたのもそこまでだ。言葉を募らせるほどに、語尾は滲み、フェリチェの短く丸っこい眉はいびつに歪む。
「ふっ、……ふえぇーん」
「はいはい。いいですよ、好きなだけ泣いて。落ち着いてから、帰りましょうね」
素敵な殿方と素敵な恋をして、フェネットの伝統衣装で結婚式を挙げる――それがフェリチェのささやかな願いだ。よりによってめでたい成人の日に、夢を砕かれるとは思いもしなかった。
『拝啓。星々のお庭にお住まいのお母様。
フェリチェはどうやら、失恋というものをしたようです……』
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