7.初恋同士

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7.初恋同士

 うっすらいいなと思っていた美少女が、自分も初恋だったと言ってくれました。  だけど実は男の子で、しかもごりごりのイケメンに成長していました。  そんなことある?   「へー、東京の榊んちってそんなとこにあんだ。推しの事務所の近くだ」 「そこだと神宮球場にも歩いて行けるな」 「馴染むの早くない?」  家にやって来た翌日、壮真は昼休みの輪の中に入ってきた。  初めは警戒していた千野も長谷部も、壮真が言葉巧みに東京の話をくり出すうちに、あっさり受け容れてしまったのだ。  どうも壮真は、いずれ輪に加わるつもりで、予め二人の好きな話題を事前にリサーチしていたらしい。  ――ちょっと怖い。  用意周到さに震えていると、壮真はふん、と鼻をならした。 「おまえが思い出すのが遅い」 「だ、だって、全然見た目変わってるし。すごい睨んでくるし」 「そりゃ、初恋相手にやっと再会できたのに、初めましてって言われたらな」  壮真の言葉に千野が「なー」と相槌を打ち、長谷部も無言で頷く。 「なんでおれが劣勢になってんの……」  棗は諦めのため息をつきつつ、弁当に手をつけた。 「桐子さんの怪我はどうだ?」  桐子とは祖母の名だ。壮真は祖母をけして「おばあちゃん」などとは呼ばない。ナチュラルボーンイケメン仕草……と自分との人種の違いに思いを馳せつつ、心配してくれるのは素直にありがたかった。 「うん。道の駅への出荷は純菜さんが手伝ってくれてて……本当はおれがしないとけないのに」  ふたりとも「学生は勉強しなさい!」と棗を送り出してくれるのだ。 「将来的にカフェ開業とかもしたいみたいだから、その布石だぞあれは。油断するな」  純菜は出荷の準備を手伝いつつ、祖母の作っている野菜や庭の果実で商品案を出したりしているらしい。  ――姉弟そろって人の懐に入り込むのが上手い。  自分がそんなことを考えてしまっていることに気づき、心の中で慌ててかぶりを振る。  いやいや、懐に入り込まれてなんかないから! 「もう家族ぐるみの付き合いか」 「都会のイケメンは手が早いな」 「ふたりまで!」 「だって初恋同士なんだから、もう付き合えばよくね?」 「――! あー! わー! わー!」  なんっでその話を今……!  棗は咄嗟に大声を出し、千野の言葉をかき消した。 「なんだよ?」 「あ、虫、なんか虫がいて」  精一杯ごまかしながら、壮真を横目で伺う。  壮真は祖母からもらった漬物と鶏ハムで純菜が作ったという、バインミーを頬張っていた。その顔色からは、別段、変わった様子は見て取れない。  ――聞こえなかった……よな?  自分にとっても壮真が初恋であることを、棗は伝えていなかった。  そもそも、千野が勝手に盛り上がっていただけで、初恋なんてものかどうかも怪しい。――はずだ。  たしかに彼女と過ごした数日間は、今も美しい思い出として棗の中にある。  あの頃は、つらいことなんかなかったもんな、おれ。  当時はまだ、両親が生きていた。クラスメイトも――小久保も――みんな幼くて、クラス内に変な派閥なんかなかった、あの頃。  世界はもっと単純で、だから、自分でも見ず知らずの女の子にアイスを半分わけてあげたり出来たんだと思う。  あの頃は良かった。そんな気持ちが、思い出を美化している。だから千野が「棗は初恋の相手一途だもんな」なんて茶化してきても、そのままにしておいた。ちょっといい思い出として。  棗は弁当の中のブロッコリーを箸で突き刺す。  ――まさか実物が目の前に現れると思ってなかったからさあ!  もごもご咀嚼していると、長谷部が、いつもの淡々とした調子で言う。 「なんであれ、味方が増えるのはいいことだ」 「そうそ。俺たちクラス違うもんな。あのときも、そばにいてやれなかったし」  作文事件以来、棗が新しい友人を作っていないことを、ふたりは知っている。  千野は商業科、長谷部は工業科。在学中同じクラスになることはないし、卒業後はそれぞれ地元で就職するつもりらしい。進学予定の棗とは、ずっと一緒にはいられない。二人が、そのことを案じてくれているのは、なんとなく感じていた。  新しい友だち。  考えたこともなかった。  誰かと深く関わりになることを、ずっと避けてきたから。  そうか、友だち。友だちなら――?   いつの間にか壮真の横顔をじっと見つめてしまっていたらしい。壮真が不意にこちらを向いたから、棗は慌てて目を逸らした。  
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