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青柳棗青柳棗が瑞穂瑞穂高校二年生に進級した、四月の半ば。よく晴れたその日に、転校生の榊壮真榊壮真はやって来た。
「挨拶を」と言われて教壇に上った壮真は、教師が見上げてちょっと怯んだほどの長身で、そのことに気がつくと黙って教壇から下りた。
教師が苦笑し、教室が笑いに包まれる。高校二年生にしてすでに大人の男のような雰囲気を漂わせるイケメンの登場に緊張していた空気が、あっという間に霧散した。
「榊壮真です。よろしくお願いします」
壮真が軽く頭を下げる。生徒獲得のためか、瑞穂の制服は男女とも近隣ではちょっと見ない杢グレーのブレザーで、どうかするとひどくやぼったくなってしまう。それをすらっと着こなす壮真は、明らかに田舎の子供とは異質の雰囲気を纏っていた。
にこっと微かに口角を上げると、整った容姿にさらに彩りが増して、教室のあちこちから、感嘆のため息が聞こえるようだった。
正直、棗もちょっと見蕩れてしまった。男女どちらも惹きつける、彫刻みたいに見事な美貌だ。
壮真は、まるで下々の歓声に応える王子のようにそんな教室内をゆっくりと眺め――棗のところで視線を止めた。
――え。なに?
国宝級のご尊顔と目が合い、どぎまぎしてしまう。
しかしすぐに冷静になった。
あっ、値踏みされてる? 東京から来たイケメンはダサいやつとは関わり合いになりたくないとか?
棗は自分の見た目にさほどこだわりがあるほうではない。けれども、周囲から浮かない程度にはみだしなみに気をつけているつもりだ。
親譲りの色素の薄いくせ毛は気を抜くと自由奔放に飛び跳ねてしまうから、朝のセットには時間をかけて――
などと、誰に責められたわけでもないのに心の中でぐちゃぐちゃと言い訳めいたことを考えていると、壮真はすいっとあっさり視線をそらした。
――ですよね!
自分のところで目を留めたなんて、自意識過剰だった。――恥ずかしい。
棗が一人で百面相している間に、教師が生徒たちに声をかける。
「えー、榊は東京から来たんだよな。慣れないことも多いだろうから、みんな親切にしてやれよー」
「東京」「東京だって」「やば」とあちこちで囁きが起こる程度には、この辺りは田舎だ。
バスも電車も朝晩は三十分に一本。昼は一時間に一本。かろうじてはじっこが東京に接している県のはずだが、交通の便がよくないから、そんなにしょっちゅう遊びには行けない。東京は未だに若者たち憧れの場所だった。
瑞穂高校は数年前に近隣の学校と統廃合し、結果として普通科、工業科、商業科がある新しい学校になった。棗が在籍するこのクラスは普通科の、特に国立大進学を目指すクラス。とはいえ、東京の学校にはなにもかもが劣るだろう。
そんなところにわざわざ編入してくるなんて、親の仕事の都合だろうか。
――やめとこう。
棗は瞳を曇らせて、自分の思考を強制終了した。
人のことなんか、知ろうとするな。
知ろうとすれば、向こうも知りたがる。
そして人と人とが関わり合えば、それだけ面倒なことも増える。
「席は青柳の隣。青柳、あとで校内案内してやってくれ」
突然の教師の指名で我に返った。
「なんでおれが?」と思ったが、棗は始業式の日に学級委員に任命されたばかりだった。「なんでおれが? おばあちゃんの手伝いで、放課後はなるべく早く帰りたくて、部活にも入っていないのに」――そう言えなかったばっかりに。
「な……」
今回も「なんでおれが?」とは言えず、棗は「わかりました」と爽やか高校生全開の返事をして、隣の席にやって来た壮真に向き直った。
「えっと、初めまして、おれ、青柳棗。あとで校内――」
ごくごく無難な、差し障りのない挨拶のはずだ。
なのにそう口にした瞬間、壮真の眉間に深い皺が刻まれた。
切れ長の目が、刃物のような鋭い光を伴って歪む。そこに、さっきまでの品行方正な王子様然とした雰囲気はかけらも残されていなかった。
――めっっっっっっっっっちゃ睨んでくるじゃん。
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