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二人が言ってるのは、小学生の頃の話だ。
四年生、十歳の夏休み。学校のプールから家に帰る途中の神社で出会った女の子とアイスをわけあって食べた。長く伸ばした黒髪が美しい少女だった。
彼女はあまり積極的に口を開かなかったが、ぽつぽつと漏れ出た言葉の断片から察するに、夏休みの間だけ親戚の家に預けられていたらしい。
佇んでいるだけで、どこか淋しそうな雰囲気をまとっていたのは、親と離れ離れの境遇のせいだったのかもしれない。棗はそんな彼女のことをなんとなく放っておけず、神社で一緒に遊んだ。翌日も、その翌日も。出会ったときと同じく突然に、ふっと現れなくなるまで。
翌年、神社の近くを通るたびに気にしてみたけれど、彼女はそれきり現れなかった。ただそれだけの思い出話だ。
正直自分でも、暑さで幻覚を見たのかもしれないと思っている。だから翌年千野と長谷部だけにこっそり話したのに、二人の中では初恋の物語として記憶されているようだ。
――そもそも、父さんと母さんが亡くなる前のこと、あんまり覚えてないんだよね。考えないようにしてきたから……
「棗、花びら」
いつの間にか心ここにあらずになっていた。舞い落ちた名残の桜の花びらが、弁当の上に乗ってしまっている。
「わ」
慌てて取り除いていると、長谷部が指を伸ばしてきた。
「――棗」
「ん?」
「――ついてた」
長谷部の指先が、棗のくせ毛から桜の花びらを摘まみ上げる。弁当の上だけでなく髪にもついてしまっていたようだ。
「ありがと」
――ん?
礼を言った瞬間、なんだか視線を感じた気がして、棗はふり返った。
見上げた先は教室のある階だった。窓際に人影がある。
壮真だ。
目が合うと、ばちっと静電気の弾ける音がしそうなほど、鋭い視線をしていた。
――ま、また睨まれた……?
千野と長谷場は、弁当を詰め込むことに夢中で気がついていない。そもそも、特別目を引くようなことはしていないはずだ。
やっぱりおれのこと睨んでる……よな?
でも、どうして。
混乱しているうちに、壮真はふいっと視線をそらした。
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