【伊藤博文】救世主、再臨

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【伊藤博文】救世主、再臨

 伊藤博文はオランダとの交渉で領土と大量の賠償金をせしめると、すぐさま経済政策に投資した。富岡製糸場の運営も軌道に乗り、女性も働き手として活躍の場が増えた。この波に乗らない手はない。当たり前だが、世の中は半分を女性が占めているのである。その労働力を持て余していたら、間違いなく経済は弱る。経済が弱れば必然的に軍事力も衰える。  古代ローマの金言に「平和を欲すれば、戦争に備えよ」という言葉がある。まさにその通りである。国民からは戦争反対の声もあるが、平和と我が国の発展のためには、仕方がないことなのだ。もし、軍備を拡大しなければ、我が国は侵略され、結果的に国民が苦しむのだから。伊藤博文自身も、戦死者が出ると胸が痛む。しかし、犠牲者たちのためにも、我が国は発展して報いる必要があるのだ。  そんな風に経済政策に熱心に取り組んでいた時だった。東海地方で大地震が起きたのは。 「首相! 地震の続報です! 予測死亡者は5000人、負傷者は1万人を越える勢いです」  なんという悲劇。地震の規模はあまりにも大きく、伊藤博文の手には負えない状況になりつつあった。 「地震の影響で火災が発生し、こちらも被害が甚大です。どうしていいのやら……」  伊藤博文の心境は側近と同じだった。火事は数日の間続くだろう。そして、この地震は海外でも大きく報じられるな違いない。そうすれば、この機に乗じて敵国が侵略してくる可能性もある。  どうすればいいか分からない。伊藤博文は藁にもすがる思いだった。まずは、経済を立て直さなければならない。 「大蔵省の大久保を呼べ! 今回の地震で我が国の財政にどのような影響が出たか知りたい」  側近が去ると、伊藤博文は天を仰いだ。今回ばかりは、どうにもならないかもしれないと。 「今回ばかりは手の打ちようがありません」  それが大久保利通の第一声だった。  伊藤博文は責めるつもりはなかった。むしろ、大久保利通の尽力に感謝していた。 「濃尾地方、特に愛知は我が国の大都市の一つです。あそこがやられては、復興するには長い時間がかかるでしょう」 「やはりか……。よし、もう下がって大丈夫だ」  いかにして経済を立て直すか。まずは被災地への支援が最優先だろう。衣食住すべてを提供する必要がある。交通網がぐちゃぐちゃになったならば、物資の運搬は海軍に任せればいい。あとは現地を見てから判断するしかない。  伊藤博文は被災地で見た光景は一生忘れることはないだろう。火事で燃えた建物群にひび割れた大地。水道管が破裂していて、インフラのダメージも大きい。そして、いたるところで自宅を失った人たちがさまよっている。被災した人々のことを想うと胸が痛む。なんとしてでも復興させてみせる。伊藤博文は心の中で誓った。  復興させると誓ったものの、財源がなかった。ここはイギリスに支援を頼むべきだろう。インドからならある程度早く物資や人員が来るはずだ。伊藤博文は日本在住のイギリス大使を呼んだ。 「今回は貴国にお願いがあって来てもらいました」 「地震からの復興の支援でしょう? もちろん、本国にも要請します。まずはインドから物資を運び入れます。もし、足りなければ、スエズ運河経由で本国から支援します」 「なんと、本国からもか。なんとお礼を言っていいのやら」 「困ったときはお互い様でしょう? それにフランス領のインドシナ連邦(現在のベトナム、カンボジア)を一緒に奪うと誓いましたからね。今、大日本帝国に倒れられては困るのです」  なるほど、そういえばそんな約束をしていた。打算もあるわけだが、ありがたいことだ。自分なら、混乱に乗じて進出することを考えただろう。伊藤博文は恥ずかしく感じた。  イギリスの援助もあり、予想より早く復興が進んだ。そうはいっても、完全に経済が回復するまでは数年、いや十数年かかるだろう。他国から遅れをとるに違いないが、そんなことはどうでもいい。  震災復興を始めてから数ヶ月。被災地の状況は多少ましになったものの、物資が足りない日々が続いていた。何かこの状況を打破するものが欲しい。 「首相、やりました!」  側近がノックもせずにやって来た。 「世間が混乱している時に『やりました!』とはなんだ。喪に服する行動をしたまえ」  伊藤博文は苛立っていた。八つ当たりにも近いかもしれないが。 「それで、何があった? その言動から察するに吉報なのだろう?」 「ええ、もちろん。聞いて驚かないでくださいよ。カナダ西部で金鉱が見つかりました!」
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