【伊藤博文】それ、買います!

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【伊藤博文】それ、買います!

 伊藤博文は自身の頭の良さに酔いしれていた。  カナダとは同盟国になったし、メキシコでは軍人派が選挙に勝った。これでアメリカも下手に手出しはできないはずだ。ただ、あくまでもけん制に過ぎない。あちらが本気を出せば、負ける可能性が高い。アメリカの軍備を大きく越える必要がある。  コンコンコン。ノックの音がする。 「入りたまえ」  入室してきたのは側近だった。何か、分厚い資料を持っている。伊藤博文は思った。どうせ、中身は薄っぺらく、それを誤魔化すために水増ししているのだろうと。 「伊藤首相、パリの万博に派遣していた使節団が帰国しました」  パリ万博への使節団の派遣は、あくまでも他国との関係を悪化させないのが目的だ。使節団が帰ってきたことなど、どうでも良かった。それよりもアメリカをどうするかだ。 「もう一つ、ご報告がございます」  もう一つ? 「ヨーロッパを外遊していた使節団がダイナマイトなるものを持ち帰りまして」 「ダイナマイト? なんだ、それは」 「はあ、どうもトンネルを作るのに使う爆薬だとか」  トンネルを作るための爆薬。残念ながら、トンネルを作る計画はない。我が国には不要だ。待て、爆薬? 「それは、どのようにして爆発させるのだ?」 「火をつけると爆発するようです」 「つまり、ダイナマイトを埋めて、それを銃撃すれば爆発する、そう考えて問題ないな?」 「原理としては、そうなるかと。まさか、対アメリカ戦に使うおつもりですか?」  なんだ、凡人でも思いつく作戦だったか。 「それに、ダイナマイトの発明者は、アメリカとイギリスで売ろうと考えているとか」  アメリカとイギリスで流通する! それは何がなんでも避けねばならない。敵国にこれ以上、軍備拡大のチャンスを与えてはならない。 「よし、もう下がって大丈夫だ。ついでに大蔵省の大久保にここへ来るように伝えてくれ」 「大久保、相談がある。我が国の財政はどうだ?」 「首相もご存知の通り、すべてうまくいっています。アラスカで採掘している金のおかげです」 「じゃあ、武器を買ったらどうなる? 問題ないか?」 「それは……ものによりますね」  大久保利通の返事はあいまいだった。それも無理はない。どんな武器か知らないのだから。伊藤博文は手短にダイナマイトについて説明した。 「世界は広いですな。面白い発明です。大丈夫です、買えます」  大久保利通は断言する。先ほどの自信のなさはどこかにいったようだった。 「それは、権利ごと買い上げてもか?」  大久保利通は飲んでいたお茶を盛大に吐き出す。あたりが緑色に染まる。 「ゴホン、今なんとおっしゃいましたか? 聞き間違いでなければ、権利ごとと買うと聞こえましたが、何かの間違いですよね?」      大久保利通の顔にはなんとも言えない表情が浮かんでいた。強いていうなら嘘であってくれ、というものに近い。 「その発明者から権利ごと買い取るんだ。そうすれば諸外国は作れないし、我が軍は大きな武器を得ることになる」 「なるほど。試算してみます」  大久保利通は額の汗を拭う。 「試算? どれくらいかかるんだ、試算には」 「まあ、数週間あれば」 「数週間!? それでは遅い! 数日で終わらせろ。これは首相としての命令だ」  机をドンと叩くと湯呑が倒れ、辺りにお茶がこぼれる。「熱い!」と大久保。 「ひとまず、やってみます!」 「ひとまず? 全力で取り組め! 数日だ。それができなければクビにする!」  大久保利通は大慌てで執務室から飛び出した。「数日なんて無茶苦茶な」と叫びながら。  数日してからだった。伊藤博文のもとに試算結果が届いたのは。  悪くない報告だった。多少、予算をオーバーしそうだが、よしとしよう。我が国が発展するためなのだ。最終決定権は伊藤博文にある。それに、他国を領土にできれば、帳消しになるだろう。いや、帳消し以上の戦果を上げられるかもしれない。  伊藤博文はダイナマイトの発明者ノーベルに一報を入れた。「権利ごと買わせてくれ」と。
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