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この世界にはアイスとフローズンと呼ばれる特異体質を持った人達が存在している。アイスは恋をすると体温が上がり身体が少しずつ溶けていく病を発症している人のことを指す。フローズンとは、身体に冷気を纏う人のことだ。歳を重ねるごとに冷気は強まるといわれていて、ほとんどの人が三十歳を迎える前には自身の冷気により心臓を凍らせて亡くなってしまうのだという。
二つの体質は生まれつきもあるけれど、後天性であることがほとんどだ。辛い片思いをすることで発症するケースが多いという。
また、アイスとフローズンはお互いに依存関係にある。アイスはフローズンの冷気を身に取り込むことで溶けることを防ぎ、フローズンはアイスに冷気を吸って貰うことで凍りつくのを防ぐ。
そして、俺は後天性のアイスだ。発症した原因は恋人の浮気。気がついたのは昨年の春頃だった。優しくて、行動力があり、誰よりも俺のことを一番に優先してくれる。哲治といると愛されているという実感が持てた。そして、俺も同じくらい哲治のことを愛している。
だから、初めは信じられなかった。
哲治が浮気するだなんてありえるわけないと思いたかったんだ。
「もう、ダメなのかな……」
目から水滴が落ちていく。これが涙なのかすらも既にわからない。
消えてしまいたいと思った。このまま身体が溶けて死に行くのなら、痛みも悲しみも感じないまま消えてしまいたい。
時計の針が0時を回った頃、ふらりとソファーから立ち上がった。病の進行はまだ緩やかで、指先が少しずつ溶けている程度だ。
自室に戻ると、病院で貰った専用容器を棚から取りだし、指先から溢れる水滴を流し込んでいく。服に吸い込まれてしまった物はどうにもならないけれど、容器に入れておいた欠損部位は病院で治してもらうことができる。
数十分すると症状が治まってきた。それを確認して、財布とスマホ、それから容器を肩掛け鞄に入れてから自室を出た。そのままリビングを通り抜けて玄関扉を開ける。
一応確認したけれど、哲治の車が止められている気配すらない。
(ここから出てしまおう)
現実逃避の馬鹿な行動だとはわかっている。それでも、心が逃げ出したいと訴えていた。ずっと我慢していたのだから、今だけはその心に従おう。
作った料理や私物をそのままにして出ていったら、少しは心配してくれないだろうか。そんな淡い期待を抱いても、裏切られるだけだとわかっているのに。
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