黙示

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「相変わらず来んの、はやいね。他人のこと言えないけど」  夏のにおいを絡ませた風が、麻未(あさみ)さんの肩口くらいまでのびた髪を揺らしていた。白いシャツにデニムをあわせた手ぶら姿で、道路標識のポールに身体をもたれている。トートバッグを肩にかけた自分があほらしく思えるほど、彼女は身軽だった。ある意味で、今となってはすべてを手に入れてしまったからこそ、何も要らなくなってしまったようにも思える。 「いつもながら、麻未さんの方が早かったかあ」  肩の力を抜きながら歩み寄っていくと、彼女もポールから背を離し、ゆっくりと近づいてくる。覗き込むと吸い込まれそうな瞳は昔も今も同じで、この欲望うずまく街のネオンを、きらりと反射させている。  歩き始めながら「で、どこ行きますか」と俺が訊くと、麻未さんはあっけらかんとして「ああ、それね。もう決めてある」と返してきた。大学の頃からのつきあいであるとはいえ、二個上の先輩にセッティングまでさせてしまったことにわずかな負い目を感じていると、麻未さんは「あたしもたまに行くけど、美味しいから安心していいよ」と、前を見据えたままで言った。
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