神保町

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「……本当は、ずっと、階段上がってみたかったんだ」  ヒロは、不思議そうな、でも俺を労わるような何とも言えない顔をしてから、眉尻を下げて少し口角を上げた。 「今日、一緒に来られてよかった」  そう言って、ヒロはしばらく本棚を見てから、小ぶりなハンドブックを手に取った。 「野鳥の本だって。かわいい」  二人で一階に降りて、俺は一階の料理の本を眺めて、古いお菓子作りの本を手に取った。  いい本だと思ったし、あの景色を見た記念に、形に残るものがほしかった。  二人で店を出て、ヒロの目当ての書店を目指す。 「ごめん、もっと効率いいまわり方できたのに、 俺行き当たりばったり歩いてるな」  いつも気分の赴くままに一人で買い物をしているので、全く気遣えていなくて、ヒロに詫びた。 「デートに効率は野暮だよ。 あ、でも、SFの本屋さん行ったら、ごはん食べよ。 お腹減った」 「悪い、食べてきたかどうか先に聞くべきだった」  ヒロの眉が複雑に曲がる。 「俺だって、ハヤミさんに聞かなかったし」  やっと目当ての書店に入る。  古書店は新刊書店にはない独特の雰囲気があるが、ここはちょっとしたアングラ感があってワクワクする。  ヒロは絶版の古いSF小説を見つけて、少し悩んでいた。  隣に行って、本を見ると、焼けや汚れが目立つ。 「……状態、よくないな」 「でも、古本だし」  俺は少し悩んでから、その本をヒロの手からとって棚に戻した。 「俺の、よく行く店行っていいか」  ヒロが頷く。  本当は、教えるつもりのない店だった。  かなり歩いて戻り、とても小さな古書店の前に着いた。 「ここ」  ヒロを促すと、先に入る。明るく整った店内は本当に小さく、三人いたら棚の側ですれ違ったりするのにすら気を遣う規模の書店だ。 「海外SFと、ファンタジーとミステリなら、 俺はまずここにくる。 お前が欲しがってたの、割と有名だから、多分あると思う」  さっきの店も、俺は好きだしいい店だ。  店舗も広く、品揃えが幅広い。  でも、この店も俺はとても好きだった。  店が狭い分、店主のセンスで売りたいものを揃えていて、本がきれいだ。  大事に読まれてきた本が並んでいる。  狭いので、俺は離れてミステリの書棚を眺め、ヒロは本を一冊手に取ると、俺に見せて「あった」と口の動きだけで伝えた。  俺は近づいて、狭い店内なので少し声を潜めて尋ねる。 「続き物だけど、一冊でいいのか」 「ん、とりあえずこれだけにする。 思ってたより一杯買い物したから」  俺は、ヒロが買っている間に、こっそり棚から1冊選んだ。 「外で待ってて」  俺が促すと、狭い店内なのでヒロは特に不審に思わなかったらしく、頷いて外に出た。  俺も会計を済ませて、薄い紙の袋に入れて貰ったその本を鞄にしまう。  俺は無意識に、少しだけ微笑んでいた。
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