神保町

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 水を一口飲んで、照れたように嬉しそうに笑う。  目の下の線と目尻が下がって、俺はその顔をかわいいと思った。 「ハヤミさんと一緒じゃなきゃ、 そもそも神保町とか、来れなかったかも。 一人だったら、俺もあの階段上がれなかったかも」  また一口カレーを頬張って、ヒロはもぐもぐしながら恥ずかしそうにしていた。 「一人で来ても、きっとあの文房具屋さんでかわいいな、 かっこいいなって思うもの買って、 探してたSF買って、嬉しくなったんだろうけど、 ハヤミさんと一緒だったから、俺ずっと楽しかったよ。 遠回りになっても、 その分一緒にいる時間増えて嬉しかったし、 ハヤミさんの好きな場所、教えてもらえて嬉しい」  俺とヒロの間に、ひどく気恥ずかしい空気が漂って、後は二人で黙ってカレーを食べた。  視線が合うたび、二人とも照れくさくて笑った。 「ハヤミさん、古本まつりも、一緒に来ようね」 「半年も先だぞ」  俺が笑うと、ヒロはちょっとむすっとした。 「来ようよ、一緒に」  俺はためらってから「ああ」と頷く。  ヒロは屈託なく笑った。  本当なんだろうか。  ヒロが俺に送った言葉や、俺にたくさんくれた笑顔や態度は。  いつか他の誰かに贈るための、練習ではないのだろうか。  また会いたいと思っても、いいのだろうか。 「はー、ごちそうさまでした。おいしかった」  食べ終えて店を出ると、外にはまだ並んでいる人がいる。  ヒロは腹のあたりを撫でながら、不思議そうに小首を傾げた。 「なんか……いっぱい食べたのに体すっきりしてる。 元気になってる」  俺は、ヒロが同じことを感じていたのが嬉しくて頷いた。 「俺もここのカレー食うと元気出るんだよ。 だから、先に目当ての店巡って歩き疲れてからここで飯食って、 回復したらぶらぶらして帰ってる」  おいしかったね、とまた嬉しそうにヒロが笑った。  俺は半年後、また二人でここでカレーを食べて、人でごった返す古本まつりではぐれないように一緒に歩く想像をしてみた。  うまく想像できなかったけど、カレーのせいだけじゃなく、腹のあたりがあたたかくなる。  二人でするべきことは、もう大体済んでしまったような気がして、歩みが遅くなった。  鞄の中で薄い紙に包まれた文庫のことを思い出し、俺は鞄を探った。  ヒロが、俺の肘のあたりをちょいちょいと触る。 「何?」  俺の耳元にヒロがこそっと囁いた。 「この後って、どうする?」
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