品川

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 仕事で、一つトラブルがあった。  ライターの一人と、連絡がつかない。  長い溜息をついてから、自分の髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜた。 「社長、とりあえず修正来てないキャラの分は 俺が一からシナリオ書き直します」  電話は拒否され、メールアドレスは消えてはいないが一向に返信が来ない。 「うん、お願い。あー……何で飛ぶかなあ」  ライターさんと急に連絡がつかなくなる、いわゆる飛んでしまう事態は、たまにだが起こる。  隣席の同僚は心配そうな声を出した。 「修正前のベースはあるんですよね?  それ直した方が早いんじゃ……」 「できないよ」  未完成とはいえ、それはライターさんが作り上げたシナリオだ。  俺が後からそれを自分のものにしてしまうことは、できない。 「ライター側が勝手に使われたとかいうケースもあるからねえ」  社長の言葉に、俺は軽く眉を寄せた。  Webで採用して、一度も会ったことはないから、俺はメールでしかその人を知らない。  大学生で、小説を書いていて、乙女ゲームが好きで、うちで書きたいと言ってくれた。  複数の人間で作り上げていくアプリは、キャラごとにライターが違うことなどザラだし、プロットとシナリオすら分業されていることも珍しくない。  そして、実際にゲームを遊ぶユーザーが違和感を感じないように、書き手の個性は極力消さなくてはいけない。  作家性や自分の色を持っている人ほど、やりづらい仕事なのだ。 「プロットとイラスト指定、 イラストレーターさんに先に出していいですか?  来た現物に合わせて文章調整します」 「私できることあります?」  同僚がそう声をかけてくれて、俺は一度目を伏せて必要な作業を確認する。 「えっと、できてるシナリオの誤字チェックと、 メインシナリオとの齟齬がないかの校正お願いします」  同僚に作業を頼むと、社長がコーヒーを一口飲んでから俺を見る。 「できたイラストのチェックは私がやるんで、 速水さんはシナリオに集中して下さい。 経理の方も私がまとめてから連絡しとく」 「ありがとうございます」  社長はタフで、ものすごく仕事ができて、自分も元々ライターだ。  ゲームシナリオ媒体専門で、キャリアを積んできた。  だから、きっと、連絡がつかなくなってしまったライターさんの気持ちがわからない。
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