神保町

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 俺が改札を出たとき、同じような格好をした男性が、構内の地図を熱心に見ていた。  多分、本人だろう。  ヒロが立ち止まった。また顔を赤くしている。 「俺、初手から恥ずかしいとこ見られてるね」  すぐまた歩き出したが、心なしか俯いている。  俺はすぐに訂正した。 「後ろ姿だけだったけどさ、 こういう人ならいいなって思ったから、目にとまったんだよ」  ヒロは、「本当に?」と疑わしい声を出しつつも、まんざらでもない顔で笑ってくれた。 「初めて会うのに、俺の趣味丸出しのデートでごめんな」  ヒロは首を横に振る。 「俺、神保町初めてだから楽しみにしてた。 ハヤミさんの好きな所教えてもらえるの、嬉しいし、 あと、純粋に、会えてうれしい」  照れたように笑う。  そのはにかんだような、でも屈託のない笑い方が、とても、いいなと思った。  俺はそっと視線を外して笑った。 「こんなおっさんでがっかりしただろ?」  冗談めかして言うと、ヒロは眉を寄せてぎゅっと目をつぶる。  どういう表情なのかよくわからない。 「いや、ハヤミさんすっげーかっこいいから。 きりっとしてるし、体も筋肉ついてるし……。 俺、昨日本当にハヤミさんに会えるの? て、 ギリギリまでドッキリかもとか思ってたもん。 今マジで手汗やばいよ、見る?」 「見たくねえ」 「見てほら湿ってるから」  そう言って広げた手のひらは本当にしっとりしていて、俺は笑った。 「俺年だから、もうカサカサなんだよな」 「二十九でしょ? 全然おじさんじゃないよ」 「二十歳と比べたら肌艶全然違うって」  そんな風に誤魔化して、ヒロの手のひらを見つめたまま、極力何でもないことのように口にした。 「俺も、会えて嬉しいよ。今日、ありがとう」  緊張をちゃんと隠せていたかどうか不安になって、ちらっとヒロの表情を伺う。  意外なほど優しい目で俺を見ていて、俺は少し怯んだ。  そんな俺には気付かなかったように、ヒロは弾んだ声を出す。 「でも、アプリで結構色々話してたから、初めての感じしないね」 「そうだな」  俺とヒロが知り合ったのは、ゲイ向けのマッチングアプリだ。  今日、初めて、俺たちは出会った。
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