吉祥寺

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 俺は、色んなことから距離を置きたくなっていた。  仕事も辞めて、マッチングアプリなんかもやめて、恋愛なんて諦めて静かに生きていきたい。 〈ハヤミさん、理由教えて〉 〈昨日はまた会おうって、言ってくれたよね?〉 〈俺、なんかした?〉  スマホを伏せて、残りのナポリタンをフォークで巻く、その手が止まる。  もう一度、スマホを手に取った。 〈悪い、俺の方の問題だから、ヒロは気にしなくていい〉  しばらく間があってから、返事が来た。 〈何か、しんどいこととかあったんなら、教えてほしい。 俺じゃ役に立たないかもしれないけど。力になりたい〉  ヒロは何がしたいんだろう。  複数の、見た目が好みの男と遊びたいのだろうか。  それなら、最初から同じ目的のやつと遊べばいいのに。  電話の会話からすると、俺と会うことを相手も知っていたようだった。  気になることはあるけれど、そういうことの一切を、ヒロから聞きたくなかった。 〈ごめん。ヒロはかっこいいし、性格もいいから、 もっといい相手がいる。 俺相手にわざわざ金とか時間使わなくていい〉 〈ハヤミさんにとっていい相手じゃないなら意味ない〉  そんな言葉に、胸が詰まる。  でも、今どこで、どんな風にこの言葉を送っているかは俺には決してわからない。  自分の部屋で、真剣な顔でスマホを見つめているのかもしれない。  ショート動画を見ながら片手間に送っているかもしれない。  セックスした相手の隣で、二人で笑いながら返事を書いたのかもしれない。 〈ハヤミさんがいい。理由教えてほしい〉  もう、なんと返せばいいかわからなくなってしまって、俺はスマホから手を放した。  残っていた食事を口に詰め込んで、水を呷って席を立つ。  またスマホが震えた。通知を切るためにスマホに触れる。  最後に来ていたメッセージを見てしまった。 〈最後に一度だけ、会って話したい。 そしたら、もう連絡しないって約束するから〉
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