吉祥寺

7/13

78人が本棚に入れています
本棚に追加
/45ページ
 これが、初恋だった。 「今日で、会うの最後にしよう」  放そうとした手を、きつく掴まれる。 「俺、ハヤミさんのこと好きだよ。大好き」  手を引こうとしたら、痛いほど力がこもる。 「ハヤミさん、俺のことすごく大事にしてくれる」 「してたら、他のやつとしないだろ」  ヒロは首を振った。 「俺の言ったこととか、したこととか、 小さなことも気付いて、 言葉や行動にして返してくれる。 小さな店の二階に上がったこととか、 雨が降ってもいいように考えたデートとか、 俺が作ったオムライス見て、 自分も食べたくなったって写真送ってくれたこととか」  涙が零れて、溜まっていた涙で歪んでいた視界が、クリアになる。  ヒロも泣いていた。 「俺があなたに渡したもの、 ちゃんと受け止めて返してくれるから、 大事にしてくれるから、 俺もハヤミさんのこと、大事にしたい」 「でも、俺じゃ……」  ヒロが俺の腕を引き寄せて抱きしめた。 「つり合いとか知らない。お互い好きかどうかじゃん。 俺はハヤミさんが大好き。ハヤミさんは?」 「なんで、俺なんか……」 「ハヤミさんは? 俺のこと嫌い?」  人の目が気になって、ヒロを引き離そうと手を伸ばして、背中に触れる。  あたたかくて、俺を力一杯抱きしめているヒロの背中は、微かに震えている。  引き離すために触れた手を、俺は放せなかった。  縋り付いて、ヒロの肩に顔を伏せる。 「……好きだ。好きだ、ヒロ」 「俺も。……大好き」  ヒロが少しだけ体を離して、俺と視線を合わせる。 「ハヤミさん」  真剣な目が、俺を見つめていた。 「俺、松田博太郎(まつだひろたろう)っていいます。 大好きです。 俺と付き合ってください」  また、涙が零れた。  人目も構わず、ヒロに額を寄せた。 「速水月久(はやみつきひさ)、です。 ……よろしくお願いします」  ヒロがそっと、俺にキスをした。  周りの人たちは、誰も俺たちのことなんか気にしていなかった。  気づかなかっただけなのかもしれない。  水族館の時のように、気づけば指を差すような人もいたのかもしれない。  それでも、今は、そんな人は誰もいなくて、俺はそれがすごくうれしかった。  無視されているとは思わなかった。  当たり前のことだけど、年も生き方も何もかも違う俺たちも、当たり前に普通の景色の中に、二人で一緒にいていいのだった。
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!

78人が本棚に入れています
本棚に追加