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「速水さーん、イベントシナリオ進捗どうなってます?」
社長がPCのモニタを見つめたまま、俺に声をかけた。
三十代後半で、三人の子どもを育てている女性だ。
俺も自分の画面を確認する。
「七夕イベはほぼ全キャラシナリオ上がってて、
あとカナデとエイジロウだけです」
「あー、それ、私から原稿の訂正箇所の指示出しときます」
社長の言葉にちょっとためらったが、自分の残りのタスクの量を考えてから「お願いします」と軽く頭を下げた。
俺が勤めているのは社長含めて5人の社員に、フリーのライターさんやスクリプターさんにお小遣い程度の額で在宅で仕事をして貰っている小さな会社だ。
元々ライターだった社長が独立して始めた会社で、主にスマホの乙女ゲームやホラー系のノベルゲームなどいくつかの自社アプリの運営の他、よそのアプリ会社のシナリオや、Vtuberのシナリオなどの仕事を請けていたりもする。
「私、お花見イベのスクリプトのチェックやってるんで、
シナリオ完成してるキャラから先に、
七夕のスチルの指定作り始めてください」
「わかりました」
隣のデスクで仕事をしている同僚が、疲れのせいで却ってハイな声で、画面を見つめたまま話しかけてくる。
「速水さんの指定、めっちゃ乙女心わかってますよね。
こういう絵が見たかったんだこっちは! って毎回思いますもん」
「ライターさんが書いてくれた内容を、
イラストレーターさんにお願いして描いて貰ってるだけなんで、
フリーランスの方々ありきですよ」
俺は当たり障りのない返答をして、既にできているシナリオを見返す。
シナリオのシーンのどこを、どういうイラストにして貰うかを指定してイラストレーターさんに発注をかける。
例えば王子系のキャラなら主人公に手を差し伸べて微笑みかける部分を指定したり、ツンデレキャラなら主人公の言葉に照れて顔を背けている箇所を指定して、顔をアップでとか、主人公の姿も入るようにだとか、そういうこちら側の要望を伝えて形にして貰う。
俺に乙女心が本当にわかっているのだとしたら、それは俺のセクシャリティが理由だと思うが、俺は同じゲイの人以外にはクローゼットで通しているので、こんなとき曖昧に笑うくらいしかできなかった。
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