Dinner

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 母の夢をみた。  現実とは違い、母があの事件から生還し、目を覚ます夢だった。幼い俺は涙をこらえて、しのぶ、と呼吸器越しに呼ぶ母の声音に、返事もできずに、ただただ見つめていた。今すぐにでも駆け寄りたいのに、母が生きているという姿を、しっかりとこの目に焼き付けたくて、夢を夢と理解できてない俺は、ただじっとこの時を噛締めていた。 ちゃんと母が家に帰ったら、沢山お手伝いをするとか、もっと優しくするとか、言う事もたくさん聞くと、神様と勝手に約束をしながら。  そんな時、俺はふいにさなぎの事を思い出して、病室を飛び出すと、503号室の彼の元へと走った。さなぎに母が目覚めた事を伝える使命感が湧き上がっていた。  誰もいない白い廊下を抜け、さなぎの病室に入ると、大部屋の病室は無人だった。ベッドの上はぱりっとしたシーツが敷かれて、人の気配を感じさせない。 しかし、入り口の部屋番号の下に名前を確かめると「水原さなぎ」とマジックペンで書かれていた。俺は確かめるように、もう一度中を覗き込んだ。だれもいない。 「誰か探してるの?」  話し掛けられて振り返ると、背の高い看護婦さんが、部屋番号の下にあるさなぎのネームプレートを抜き取っていた。 「あの、さなぎ……」  小さな声で告げると、 「ああ、……先ほど亡くなったのよ」  看護婦さんは何か悲しい映画でも観るように、顔を歪めながら呟いた。  俺は何を言われているのか分からなかった。さなぎはあの時、自分は軽傷で、何処も怪我していないと言っていたのに。  地面がぐるぐると周り始め、窓から差し込む日が、俺の影を大きく傾ける。急に身体が燃えるように熱くなって、俺は「うそだ」と呟くと、その場で気を失い倒れた。
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