Dinner

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 地面と触れ合う感覚が訪れる前に目が覚めた。  瞼を押し上げると、視線だけをゆっくりと天井や壁の暗闇に這わせる。ベッドボードから差し込むささやかな光量が、群青色に部屋を染めていた。  夢だ。  そう思うと、ふっといつの間にか強張っていた身体から、しんなりと力が抜けていく。俺はもう一度深く息を丁寧に吸い込んでから、長く息を吐く。指先からゆっくりと関節を動かし、気怠い身体で寝返りを打つ。すると、ベッドサイドでちかちかと緑色のライトが点滅しているのが見えた。  俺は手を伸ばしてスマホを引き寄せると、青白い光に目を細めた。突き刺すようなブルーライトが不快だったけれど、画面に現れた名前に、俺は思わず起き上がった。 『元気だよ。ちょっと集中したくて返事ができなくてごめん。電源を切っていた。』 『この時間じゃ起きてないよね?』  二つに分かれたメッセージを受信したのは、丁度五分前だった。  深夜一時三十二分。  俺は少し躊躇ってから、指先で画面を操作すると、彼に電話を掛けた。三回コールで出なかったら切ろう。そう決めて、目を閉じベッドに横たわる。ふと目を開いて窓辺へと視線を向けると、窓ガラスに水滴がついている事に気付く。  目の前の通りを通る車のヘッドライトに照らされ、水滴が黄色いライトの色を宿して、小さくまだら模様に輝いていた。 「しのぶ」  不意に雨のようなしっとりとした声音が、俺を静かに呼んだ。 「……雨降ってるんだ」 「十五分くらい前からね」  あまりにも違和感なく滑り込み、沁み込んできたさなぎの声音に、俺は身動ぎして、寝返りを打った。 「ごめんね、起こした?」  俺が電話を掛けたのに、さなぎが申し訳なさそうな声を出すのがおかしくて、思わず笑ってしまった。 「変なの。俺がかけたのに」 「メッセージを飛ばしたのは俺だよ」 「それだって、俺が最初だよ」  少し考えるような間を置いて「そうだった」とさなぎは笑った。  部屋の中も、表の通りもとても静かだった。俺たちに、世界が遠慮しているような雰囲気さえ感じられるほどに。  俺たちは静寂の縁で、二人足を投げ出しているような、お互いの沈黙を味わう。久し振りとか、最近どう? とか、そういった言葉を使おうと思ったけど、それは何となく違うと思った。  適切な言葉を、俺は探していた。水の中を漁るみたいに、ゆったりとした心地で。焦る事なく。 「……お腹空いた」  最初に言葉を探し当てたのは、さなぎの方だった。 「しのぶの作ったごはんが食べたい」 「急だね」 「オムライスがいいな」 「冷凍ご飯があるから作れるよ」  俺は身体を起こすと、窓の外へと視線を投げた。街頭が薄っすらと雨の水滴を、青く照らしていた。雨はまだ微かに降っているようだけど、音はない。 「今から食べに行きたい」  俺はさなぎの声に、 「うん、待ってるね」  と、一切の躊躇いもなく頷いて、ベッドを抜け出していた。寝起きのだるさはいつの間にか抜けていて、俺はスリッパに足を入れると、台所へと向かう。 「うん、すぐに行く」  さなぎはそう言って通話を切り、俺は冷凍庫からご飯を取り出し、レンジで解凍する。  固めの卵か、とろとろの卵か、聞くの忘れたなと思いながら。
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